アルコール依存症
Alcohol dependence

九州大学健康科学センター 山本和彦
 
                                                                                           

人間は極めて古い時代からアルコール(以下、アルコールは全てエタ ノール)と深い関わりをもってきました。いまでも人間とアルコールの関係は切れず、むしろ深まっているように感じられます。私たちは毎日のように、アル コールにまつわる話題を目に・耳にします。一例をあげると、ブッシュ米大統領は若い頃酒が好きで、飲酒運転で捕まったり、飲んで騒いだりして色々と問題を 起こしたそうです。しかし40歳の誕生日に断酒を誓約して以来、一滴も酒を飲まずにアルコール依存症を克服し、大統領まで上りつめたと報じられています (西日本新聞 2000年12月14日)。また2000年12月には、福岡南署の警察官が「ここ数年福岡市南区で、酒に酔って家族に暴力をふるったり、街 で 暴れたりする人が多くて困っています。アル中が増えているようですが、なぜでしょうか?」と嘆いていました。

人は短時間に大量の酒を飲むと酔っぱらい、判断力を失って暴れた り、意識をなくして失禁したりすることがあります。これは、アルコールの血中濃度が上がって脳神経が一時的に機能不全に陥った状態で、アルコール酩酊(Alcohol intoxication)と呼ばれます。これ自体は一時的な現象で、イッキ飲みをして急性アルコール中毒にならない限り、治療の対象には なりません。ところが、なにか事あるごとに酒を飲むようになり、大量の酒を飲んで酩酊することが半ば習慣化すると、アルコール乱用(Alcohol abuse)と診断されます。この時点では、酒好き・飲んべえということで、アルコール性肝障害などで内科治療が行われますが、精神科治療 までいくことはほとんどありません。アルコール乱用が長年続き、アルコール性の幻聴が出たり、酒を飲まないと心身の調子が悪くなったりするとアルコール依 存症(Alcohol dependence)と診断されます。こうなると、立ち直るために断酒を しなければならず、そのためには精神科治療を受けなければなりません。

古代ギリシア時代、既にアルコールの弊害が認識され、対策がなされ ていました。プルタルコス(AD 45-120頃)の『対比列伝』の中の「デメトリウス」によれば、スパルタでは祭りの時、ヘロット(農奴)に水で薄めていないワイン(当時 のギリシア人は、水で薄めたワインを水の代わりに飲んでいた)を強制的に大量に飲ませて宴会に登場させ、ぐでんぐでんに酔った有様を若者に見せて、酒でこ うならないようにと教え諭したそうです(Loeb Classical Library, Harvard University Press 1920)。またヘロドトス(484-430 BC頃)によると、古代エジプトでは、裕福な人が宴会を開くと、食事が終わった後、「酒を飲んで騒ぐのはいいが、これを見なさい。死んだら あなたもこうなりますよ」と言いながら、棺に入った死者の木製ミニチュアを宴会の出席者に見せる習慣があったそうです(Loeb Classical Library, Harvard University Press 1926)。

しかしまた、酒の効用?も古くから認識されていました。ヘロドトス によると、古代エジプトの王アマシス(在位570-526 BC)は、午前中市場が人で一杯になるまで目の前にある仕事を精力的にこなし、その後は一日中酒を飲んだり、仲間とブラブラして過ごしたそ うです。これを見た廷臣は、「一日中高い玉座に座って、仕事をしてください。そうすればエジプト人は、偉大な支配者を戴いていると思い、王の名声は高まり ます。いまのやり方は、王らしくありません」と王を諫めたところ、アマシスは「弓は、使うときだけ引く。弓を引いたままにしておくと壊れて、いざというと き役に立たない。人間も同じだ。人間が年中真面目に仕事ばかりして、体を動かしたりして楽しむことがなければ狂ってしまうか、愚かになってしまう。自分 は、それをよくわきまえている。だから仕事と楽しみを、かわりばんこにやるのだ」と答えたそうです(Loeb Classical Library, Harvard University Press 1926)。

このようにアルコールについては毀誉褒貶がありますが、ここではア ルコールによる最大のデメリットとしてのアルコール依存症について概説します。

アルコールの薬理学

アルコールは細胞膜を容易に通過する弱帯電分子です。このため消化 管で吸収されたアルコールは、血液・体組織の間に速やかに拡散して平衡状態に達します。口から入ったアルコールは、口・食道で少量が吸収されます。胃と大 腸でもかなりの部分が吸収されますが、大部分は小腸近位部で吸収されます。アルコール溶液の胃から腸への移動が速かったり、他の食物が胃になかったり、ガ スの入ったアルコールであったりすると吸収が速く、血中濃度が急上昇します(Principles of Internal Medicine 1991: 2146-2151)。

吸収されたアルコールの2ー10%は、肺や尿、汗で排泄されます。 残りの大部分は肝細胞のアルコール脱水素酵素(ADH)でアセトアルデヒドに 分解され、一部は滑面小胞体のミクロソーム・エタノール酸化系(MEOS)で アセトアルデヒドに酸化されます。最後にアセトアルデヒドは酢酸に分解されて、エネルギー源として利用されます。習慣的に酒を飲む人はミクロソーム・エタ ノール酸化系の活動が高まり、アルコールに対する耐性ができています(酒に強い・酒の効きが悪い)。

ビール340ml、 ワイン115ml、ウイスキー43mlには約10gの アルコールが含まれています。アルコール1g7.1kcalですから、10gの アルコールは71kcalに相当します。例えばビールを2本にワインをグラス に5杯飲むと、カロリーは約500kcalとなります(Principles of Internal Medicine 1991: 2146-2151)。アルコール依存症の患者は、食事をたべずに酒ばかり飲んで 栄養不良の人が多いのですが、カロリーだけは十分に補充されています。このため、栄養不良にもかかわらず痩せず、かえって太ります。

 
心身に及ぼすアルコールの影響

アルコールは生体の細胞にとって一種の毒であり、慢性的にこれに暴 露されると、次のような様々な障害が心身に起こってきます(Principles of Internal Medicine 1991: 2146-2151)。

中枢神経系:アルコール依存症の患者は、しばしばビ タミン欠乏症を伴っています。チアミン(ビタミンB1)が不足すると中枢神経 が障害され、コルサコフ症候群(逆行性健忘症と視空間的・抽象的・観念的思考障害。IQは 比較的よく保たれている)やウェルニッケ症候群(外転神経麻痺と運動失調、混迷・無気力状態)が出ることがあります。またアルコール依存症患者の半数近く に、CTMRIで 大脳の萎縮所見が見られます。1%の患者に、小脳の変性に伴う眼振や運動失調が出現します。

アルコールは脳の睡眠持続力を低下させるため、酒を飲んで寝ると睡 眠がとぎれとぎれになって、目覚めた時に爽快感がありません。またアルコールは睡眠前半のREM睡 眠を阻害するため、リバウンドで睡眠後半に悪夢を伴うREM睡眠が出やすくな ります。

アルコール依存症の患者の5ー15%は末梢神経障害をもっており、 手足のジンジン感や感覚低下を訴えます。

消化器系:小腸から吸収されたアルコールは肝臓へ運 ばれ、代謝されてエネルギーとして利用されます。このため肝臓におけるグルコース・脂肪酸の酸化が減少し、脂肪が肝細胞に蓄積して脂肪肝となります。酒を 飲み続けると肝細胞が障害され、アルコール性肝炎から肝硬変となります。肝硬変になると肝癌が出やすくなります。

また、大量に酒を飲んだ後にマロリー・ワイス症候群(食道・胃接合 部が裂けること)を発症して吐血したり、急性膵炎や慢性膵炎を合併することもあります。

循環器系:長年酒を多飲すると心筋症を発症し、心不 全や不整脈を起こすことがあります。休日のたびに酒を多飲して心房性不整脈や心室性不整脈を起こす場合は、"ホリデー・ハート"と 言われます。

血液・造血器系:酒を多飲すると白血球の産生が阻害 され、白血球数が減ってきます。白血球機能も低下し、感染症に弱くなったり癌が出やすくなったりします。また血小板の寿命が短くなり、血小板数が減少し、 血が止まりにくくなることがあります。

泌尿・生殖器系:酒を多飲する人は睾丸が萎縮し、精 子が減ることがあります。女性の場合は、無月経になったり、卵巣が萎縮したり、流産したりします。妊娠中に酒を多飲すると胎児アルコール症候群(特異な顔 貌、歯牙形成不全、心房・心室中隔欠損症、小頭症、知的発達障害など)が出て、子供に障害が残ることがあります。

 
アルコール依存症とは?

アルコール依存症は精神科疾患として、病理学的所見ではなく、臨床 症状・経過によって診断されます。酒をよく飲む人に、次のような状態がいくつか見られるようになると、アルコール依存症の可能性が高いと判断されます。

●なにはともあれ、酒を飲みたいという願望が強い。いったん飲みだ したら、途中でやめられるかどうか定かでない。酒をやめようとすると、飲みたい気持ちがつのってくる。
●事あるごとに飲むのではなく、事がなくて毎日飲む。毎日一定の間 隔で酒を飲まないと、心身の調子が悪い。
●自分の健康や家族、仕事のことより酒を優先し、酒を第一に考え る。
●多量の酒を飲まないと、健常者と同等の酔いがまわらない。いくら 飲んでも酔わないので、まだアルコール依存症ではない、まだ大丈夫と考える。自分はアル中ではないと、精神科治療を頑固に拒否する。
●酒をやめると手・足がふるえる、じっとすわっていられない、お茶 碗を落とすなどの症状がでるが、酒を飲むと症状が治まる。睡眠中は酒を飲まないので、アルコールの血中濃度が下がる。このため調子が悪くなって朝早く目が 覚め、1杯欲しくなる。
●音に敏感になる。健常者には聞こえない話し声や音楽が聞こえ、落 ち着かない。
●酒を飲む様子を人に見られないように隠す。ポケットに安い酒を隠 し持って、人のいないところで密かに飲む。
●酒はマズイと自覚して一定期間酒をやめるが、我慢できずに再び飲 み始め、以前にもまして酒を多飲する。 
●酒を巡って配偶者と対立し、離婚したか離婚の危機がある、酒で仕 事が障害され、リストラされたかリストラの危機がある、酒で警察騒ぎを起こしたことがある(Oxford Textbook of Psychiatry 1990: 511-537Principles of Internal Medicine 1991: 2146-2151)。

アメリカでは、CAGEテストでアルコール依存症が疑われる人をスクリーニングすることがあります。こ れは、●あなたは、酒を減らした方がいいと思ったことがありますか?●あなたは、酒のことで誰かに非難され、困惑したことがありますか?●あなたは、酒を 飲むことで、罪悪感を感じたことがありますか?●あなたは、目覚めに1杯やりますか?の4つの質問に、2つ以上ハイと答えた人をアルコール依存症として抽 出する簡単なテストですが、かなりの有効性があるようです(Primary Care Medicine 1995: 1169-1178)。

アルコール依存症は、ヘロイン中毒や覚醒剤中毒と同じような薬物中 毒の一つです。ヘロイン中毒者や覚醒剤中毒者は、欲しい薬物を入手するために手を尽くします。酒飲みが、何はさておき酒を飲むために手を尽くすようになる と、アルコール依存症と診断して間違いありません。
 

アルコール依存症の禁断症状

アルコール依存症の患者が、何らかの事情で酒が飲めない情況になる と、手がふるえる、汗が出る、脈が速くなる、動悸がする、眠れない、嘔気・嘔吐があるなどの禁断症状が出ます(Principles of Internal Medicine 1991: 2146-2151DSM-IV 1994: 194-204)。禁断症状は、酒を飲むと消滅します。飲酒して4ー12時間たつとアルコールの血中濃度が下がり、禁断症状が 出始めます。症状は断酒後2日目にピークに達し、4ー5日目に軽くなります。急性期をすぎても、不安感や不眠症、イライラ感、自律神経障害の症状は数ヶ月 間続きます。

患者の約5%は、断酒後2ー3日目に幻覚が出て、せん妄状態(振戦 せん妄)に陥ります。極度に興奮し、全身に汗をかき、目はランランと輝いて、虫がはう、トカゲがはう、蛇がはい回るなどと言いながら窓枠をガタガタさせた り、壊したりします。また、痙攣を起こすこともあります。患者は2ー3日騒いだ後に熟睡し、目が覚めるとスッキリとして幻覚・せん妄はなくなっています。 この後に、上に述べた慢性期の禁断症状がでます。

 
アルコール依存症の病因

アルコール依存症の病因として、遺伝的素因が指摘されています。ア ルコール依存症の血縁者は、そうでない人よりアルコール依存症になる率が4倍高いと言われます。1卵生双生児の一方がアルコール依存症になると、他方がア ルコール依存症になる率は、2卵生双生児の場合より高くなります。アルコール依存症患者の子を健常な親が養子にして育てる場合、この子がアルコール依存症 になる率は、そうでない子より4倍高くなります。アルコール依存症患者の子は酒に強く、そうでない子より多くの酒を飲まなければ酔いがまわりません(Principles of Internal Medicine 1991: 2146-2151)。

このような遺伝的素因に、パーソナリティ、酒に寛容な家庭・社会環 境、個人的事情や社会的事情が加わってアルコール依存症になると考えられています。

 
アルコール依存症の頻度、経過、予後

アメリカでは1980ー85年に、成人の8%がアルコール依存症 で、成人の5%が過去に一度はアルコール依存症であったそうです。男女比は5:1で、男性に多く見られます。女性がアルコールを多飲すると、男性より短い 期間でアルコール依存症に進行します(DSM-IV 1994: 194-204)。

患者の多くは10歳代半ばからアルコール酩酊を覚え、20歳代後 半ー30歳代半ばからアルコール依存症に足を踏み入れます。アルコール依存症が進行するまで、禁断症状はあまり明らかになりません。アルコール依存症に なった場合、精神科治療をしなければアルコールから離脱することはほとんど不可能です。患者の症状は軽快と増悪を繰り返しながら、悪化の一途をたどりま す。アルコールで人生の危機的状況をむかえた患者は、いったん酒を断つことを決意します。数週間酒を断った後、節酒をしながら酒を飲み始めます。酒の量は どんどんエスカレートし、連続的にアルコールを飲むビンジ状態に陥って、結局元に戻ってしまいます(Principles of Internal Medicine 1991: 2146-2151DSM-IV 1994: 194-204)。

アルコール依存症患者は酔ってつまずいたり、ものにぶつかったりし て受傷しやすくなっており、生傷が絶えません。また、飲酒運転やこれによる交通事故をしばしば起こします。

日本には約240万人のアルコール依存症患者がいると推定されてい ます。しかし、アルコール依存症の治療を受けているのは1%に満たず、大部分は内科治療を受けています。アルコール依存症の治療を受けた患者の21%が退 院後5年以内に死亡し、死亡平均年齢は51歳だそうです。死因の40%は突然死で、その多くは自宅で飲酒中に突然死したものです(こころの科学91: 22-26)。
 

アルコール依存症と家庭

アルコール依存症の患者は、アルコールを飲むことを第一に考え、収 入の大部分を酒に使ってしまいます。このため家庭は経済的に困窮し、配偶者とのトラブルは必発です。離婚してない場合、配偶者の多くは不安・鬱状態にあっ たり、社会的に孤立したりしています(Oxford Textbook of Psychiatry 1990: 511-537)。夫がアルコール依存症の場合、妻は自分の責任で夫が酒にお ぼれているのではないかと自責の念に苛まれたり、なんとか家庭を保とうと必死の努力をしたりして結局夫の飲酒を助ける結果になってしまいます。

酒を巡って夫婦喧嘩が絶えず、これは子供のこころにトラウマを残し ます。子供は夫婦喧嘩を仲裁したり家族を守ろうとしたりしていい子になろうとする傾向が強く、あまりに早く大人びてしまう(adult children)ことによる心のひずみが、青年期に噴出することがあります。また酒に酔った父親(母親)の状態は、子供に生き方の悪いモ デルを提供します(こころの科学 91: 59-63Oxford Textbook of Psychiatry 1990: 511-537)。

アルコール依存症患者の息子は、父親が酒で失敗したのを見ているた め、自分だけはアルコール依存症になるまいと決意して成長するのですが、結局アルコール依存症になる人が多いそうです。またアルコール依存症患者の娘は、 父親のようなアルコール依存症とは絶対結婚しないと思っているのですが、アルコール依存症の配偶者を選んでしまうことが多々あるそうです(母親がアルコー ル依存症の場合は、逆になります)(こころの科学 91: 59-63)。

 
若者のアルコール依存症

日本では近年、未成年者の飲酒が増加しています。高校生の80%が 飲酒を経験しており、週に1回以上酒を飲む高校生は10%と言われています。酒を飲む回数が多く、その度に泥酔するまで飲んでブラックアウト(記憶がない 状態)したり暴れたりする問題飲酒の人は、比較的短期間にアルコール乱用からアルコール依存症に進展します。このような人は、人生の転機や問題が生じた時 にアルコール多飲状態になり、数週間ー数ヶ月間酒を飲み続けることがあります。こうなるとアルコール依存状態になり、アルコール性幻聴がでたり、酒を断つ と禁断症状が出たりします(こころの科学 91: 80-84)。

若者のアルコール依存症は、●もともと酒に強く、10歳代から習慣 的に酒を飲む、●飲みだすと泥酔するまで飲み、ブラックアウトすることが多い、●飲み始めて数年でアルコール依存症になる、●アルコール以外の薬物を乱用 することがある、●鬱病・人格障害・不安障害など、精神疾患の合併することが多い、●親がアルコールの問題を抱えていることが多い、などの特徴がありま す。若い女性でアルコール依存症になる場合は、70%の患者に摂食障害(特に過食症)が見られます。アルコール依存状態になる前に摂食障害を発症し、摂食 障害の過程でアルコールの多飲が始まります(こころの科学 91: 80-84)。

 
アルコール依存症患者の手記

アルコール依存症になり、治療を受けて断酒に成功し、立ち直った患 者の手記がありますので、その一部を紹介します(こころの科学 91: 53-58)。これを読むと、酒好きがアルコールにのめり込んでいく過程がよく分かります。

N さ んはもともと「酒に対してとても寛容な社会背景のなかで育ち」、「親戚たちの集まり、冠婚葬祭などで子どもとはいえ、ポートワインやビールなどで酔いの感 覚を経験」していました。高校に入ると「遊び感覚の酒」を飲むようになります。「もともとアルコール耐性は強い方」でしたが、高校生でもあり、受験も控え ていたため、酒に深くのめり込むことはありませんでした。大学に入って自由度が増すと酒量が増え、卒業する頃には「かなりの酒飲みになっていて、酒が最高 の友達」になっていました。企業に就職せず、弟子入りして修行生活を送るようになりました。「仕事は仕事でそれなりに面白」かったのですが、「だんだん酒 量も増え、酒を介しての人付き合いしかできなく」なってきました。この頃には「休みの前日には懐が許す限りの、ときにはつけでさえ飲んで」いました。

27歳で結婚し、これからの13年間は「楽しく、そして、それほど ひどく迷惑をかけずに?飲んでいた時代」です。「月見ては飲み、花見ては飲み、嬉しいと言っては飲み、悲しいと言っては飲み、世の中の自分と意見が違うも のすべてに怒り」飲んでいました。ほどなく「頭が痛い日曜日の朝に迎え酒の1杯」を飲むようになり、「休みの日ぐらい昼間の酒も」と考えるようになりまし た。

2年間単身赴任をして、さらに酒量が増え、その後独立して仕事をす るようになりました。このころから「恨みの酒」が始まりました。仕事がうまくいかない時には「なぜ世の中は私のことを受け入れないのだという疑問と、自分 の能力不足への不満感が悶悶として日増しにこころの中を埋めてゆく」気がして、「ひとときでもこの時間から逃げていたいだけの思い」で酒を飲むようになり ました。ついには「酒が切れることは身体が承知しなく」なり、「常に次の酒のことだけを心配」する状態になってしまいます。「なんとか次の酒を用意するた めに考えられる限りの嘘と言い訳を繰り出しながら飲み続け」ました。40歳の時、ついに母親に付き添われて内科を受診し、アルコール依存症の治療を受ける ことを勧められて精神病院に入院しました。

N さ んは精神科でアルコール依存症の治療を受け、アルコール自助グループであるAA(ア ルコホリクス・アノニマス)に参加して、仲間と痛苦な体験を共有することにより、病気を克服することができました。

 
プラトンの飲酒論

プラトンは、『Laws』で飲酒についてしばしば論じています(Loeb Classical Library, Harvard University Press 1926)。哲人プラトンの論は、今日でも通 用 するところがあるので紹介します。

まず飲酒の年齢についてプラトンは、「子供は18歳になるまで、ワ インに触れるべきではない。彼らが自分の本当の仕事に取りかかる前に、身体と魂の火に火を加えることは間違いであることを教え、若者の興奮しやすい性癖か ら彼らを守るべきではないか?30歳以下の若者は節度をもってワインを飲むが、酔っぱらったり深酒をしたりすることは控えるべきだ。人は40歳になったら 愉快な集まりに、年輩者の儀式に加わって、神々、とりわけディオニュソスを呼んで、彼をたたえることができる。デュ オニュソスは、年輩者の気むずかしさに 対する妙薬としてワインを人間に与えた。年輩者はワインで若さを取り戻し、注意が鈍って魂の角が取れ、柔らかく柔軟になる」と、子供が飲酒することを禁 じ、年輩になって分別がついた時に酒を楽しむことを勧めています。

またプラトンは、「深酒は、人をいつもより陽気にする。飲めば飲む ほど、人は高遠な希望と力の感覚に満たされ、ついには慢心して舞い上がってしまう。言いたい放題やりたい放題のことをやり、無鉄砲なことでもやって、言う ことなす事に責任を持たなくなってしまう」とワインを飲み過ぎると正常な判断力を失うことを指摘し、「市の役職の番に当たった市民、仕事中の水先案内人や 判事はワインを口にすべきではない。重要な会議に出ている市議も同様である。昼間は、身体トーレニング目的か健康目的以外は、誰であれワインを飲むべきで はない。また夜は、子作りをする場合、男であれ女であれワインを飲んではならない」と、責任ある行動をとらなければならない場合は、飲酒しないことを論じ ています。

 
おわりに 

プラトンが述べているように、酒は上手につきあえば人生を楽しくし てくれる妙薬です。しかし一旦アルコール依存症になると、患者個人の人生が破綻するだけでなく、家族が大変な苦しみを味わいます。アルコールを第一に考え る患者の行動によって家族にトラウマが生じ、トラウマは世代を超えて受け継がれ、次の世代まで苦しみが続きます。アルコール依存症にならないように注意す るとともに、アルコール依存症になった場合、速やかに精神科治療を受けることが大切です。