第36回  森と文明ジョン・パーリン 著晶文社(1994)  戻る

 00年5月9日(火) 18:00〜 (岩本、皆川、山口、仁木、音西、笹野、朝廣)

10砂糖の島・奴隷の島 ーマデイラ島、西インド諸島、ブラジル

11帆柱と独立戦争 ーアメリカ


Asahiro
11.帆柱と独立戦争 ― アメリカ

I ニューイングランドの発展

西インド諸島への木材供給地
    西インド諸島の製糖産業:イギリス本国へ低価格の砂糖を供給
← ニューイングランドから木材を輸入
    使途:製糖工場の建設や修理
1673年    イギリス議会交易委員会:バルバドス島と「New Englandとの交易の必要性」
ラム酒とNew Englandの発展
    1771-1773年の西インド諸島のNew Englandからの木材輸入量 →
    板材・木材:2300万m、屋根板:6000万枚、樽板:5800万枚、総伐出木数:24万本以上
    貿易商は主にクウェーカー教徒やピューリタンで、木材をラム酒と取引:1350万リットル
    ラム酒 → アフリカで黒人奴隷と取引 → ヨーロッパで取引したり西インド諸島で砂糖と取引
    → 砂糖を本国でイギリス製品と取引 → イギリス製品をアメリカで販売 → 木材の購入
    ヤンキーの貿易商は、木材を糖蜜と取引 → ボストンでラム酒を製造
→ インディアンの毛皮と取引 → 本国で毛皮を販売、イギリス製品の購入 → アメリカで販売
木材の輸出、造船産業、漁業の振興
    New Englandの商人(海辺育ちの本国の若者)は、森のなくなった地域に木材や船を販売
    (マデイラ島、ポルトガル、スペイン)、貿易は本国の産業振興政策でもあった。
    また、豊富な木材で漁船や捕鯨船を製造し、ロウソクの生産、奴隷の食料として魚が輸出された。
豊かな生活と森林資源
    New Englandでは、木造の家屋に暖炉用に豊富な薪を使用できた。
    森に対する多くのピルグリム達の第一印象は恐ろしい原生林的なものであった。
    初期入植者のトマス・モートンは貿易の可能性を見出し、後に製材業が飛躍的な発展を遂げた。
    1630年代頃 :最初の製材工場の建設が行われた。→ 膨大な蓄財と豊かな生活
荒廃する豊穣の大地
    木材産業の繁栄 ←→ 大地、先住民、動物達の被害
    大地:水資源の減少
動物:ヘラジカ、七面鳥、ワシタカ類、川の魚類、
先住民:インディアンの食料不足 → 開拓者への警告から襲撃へ


マサチューセッツの台頭
    松が豊富な「メーン」:元々チャールズ一世がゴージス卿に与えた植民地だが植民者が入植
    国王の植民地のゴージス卿への返還命令に対し、ボストンは国王政府を解体、新政府の樹立
    → マサチューセッツがメーンを購入、ボストンの産業振興にはメーンの木材が不可欠だった。
    また、本国は英国海軍の艦船の帆柱確保のためにメーンを押さえたかった。
    マサチューセッツ議会は、本国への忠誠を示すため帆柱を献呈し、摩擦解消を図った。

U ニューイングランドの戦略的価値

帆柱とイギリスの生き残り戦略
イギリスは海軍力による国勢の維持に期待、しかし、帆柱の木材の供給源はバルト海諸国であり、輸送経路である海峡通行を敵国(オランダ)に押さえられたら、外交上不利であった。
バルト海に代るの木材供給源であるニューイングランド
    植民地による帆柱供給への期待が高まり、マサチューセッツ議会の献呈では不十分であった。
    18世紀初頭、規則的に送られる帆柱の量は船荷十隻分(一隻に20-40本)となった。
    建造された「要塞船」:長さ30-50m、幅 10-13m、高さ 5-6m、60-100門の大砲を搭載
    輸送の危険性:敵対国であるオランダによる略奪
    メーンにおけるフランスの攻勢とインディアンの襲撃
   
   

 

読書会メモ

 


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