第二部 環境破壊の影響と対策に見るエリート主義
第4章 ライフチャンス・リスクと社会構造
A. ライフチャンスを規定する二つの要因
B. ライフスタイル変容戦略と社会構造
第5章 ライフチャンスの不平等
A. 階級・階層
B. 人種・エスニシティ
C. ジェンダー
D. 地域
E. 年令・世代
第6章 環境破壊の対策に見るエリート主義
A. 環境運動の構成に見るエリート主義
B. 環境運動のイデオロギーにみるエリート主義
C. 環境保全のインパクトにみるエリート主義
第三部 「持続可能な社会」への展望−環境的公正の実現に向けて
第7章 エリート主義の克服と社会的公正
A. 北の国内の環境的公正
B. 南の国内の環境的公正
C. 南北関係の民主化
D. 科学技術と社会
E. 自治的領域の拡大と社会変革
補論 国家管理主義体制の成立と思想的背景
A. 社会主義革命の変質
B. 対抗的近代主義としてのマルクス主義 対 アナキズム
以下、レジメ
(皆川美音子)
第4章 ライフチャンスリスクと社会構造
A ライフチャンスリスクを規定する二つの要因
■ライフスタイルと社会構造
「ライフチャンス(生活機会)」=生活課題を達成するために社会的資源を処分する機会
(<就業機会> <教育機会>など)
↓
これらを基本的なところで枠づけているのが「生命健康リスク」
(病気などによる「生活の質」の低下は、ライフチャンスを大きく制約する)
*「生命健康リスク」=生命の危険とその発生確率を合わせた概念
ライフチャンスは生命健康リスクによって制約を受け、
生命健康リスクは社会構造に大きく規定されている。
生命健康リスクはその個別的(偶発的)側面と集団的(構造的)側面を総合的にとらえなくてはならない
(リスクの個人化、集団化は構造的要因から目をそらす虚偽意識として機能)
ex)がんの発生要因にみられる二つの側面
「偶発的側面」→主に生物学的要因に由来(がん遺伝子、個人の健康習慣の実践など)
「構造的側面」→主に社会的要因に由来する(健康習慣の実践を保証していない
社会制度、職業階級格差などの社会集団間格差)
■交通事故の五つの構造的要因
個々の犠牲者にとっては交通事故とは偶発的で不条理な確率現象
しかし交通事故の構造的な要因の軽視は「自然科学主義」誤りに陥る。
■交通事故の構造的要因
・年間死者数に見る社会構造:自動車の過剰使用「車社会」の問題
(交通安全対策の成果による事故の減少→近年において増勢あるいは横這い)
・都道府県別による単位人口当たりの交通事故死者数の格差
→交通政策や経済状況の地域格差を反映
・公共交通の縮小と車社会化(四全総政策)=交通事故の構造的な増大を容認する政策
・大型トラックの左折巻き込み事故の問題
(巻き込み事故を防止する策としてのトラックの低運転席化は、業界が積載量の減少と開発費
の負担を嫌い普及せず、代わりに左側ドアの下半分を透明にするという改善を行った。)
→資本の倫理による人命の軽視:「社会的殺人」「不変資本充用上の節約」
・南北問題:公害を引き起こす中古車の第三世界への輸出→大気汚染や交通事故の多発
B ライフスタイル変容戦略と社会構造
■モータリゼーション
→移動に関わる選択肢(ライフチャンス)の幅を狭める
「歩道橋」・車中心社会・車の利便性が増大し自動車メーカーの売り上げに貢献
・土木会社の需要を創造・「交通貧困層(幼児、老人、障害者)」への打撃
■南北問題
多国籍企業の「ライフスタイル変容戦略」(粉ミルクの売り込みによる母乳保育の変容)によ
る乳児の死亡率の増加→第三世界の(とりわけ低所得者層の)生存チャンスを制約
社会構造(環境)がライフスタイル(主体)に影響を与える
タバコの問題→アメリカ:自国では健康衛生の観点から規制を行い、他国(タイ、日本、韓国 など)には自由貿易主義をふりかざしアメリカタバコの購入を迫る。
GATTの擁護:米国のタバコ会社とタイのタバコ会社の「タイ市場における営業条件の平等」
(「タバコ病によるライフチャンスの制約」という面での市民間の平等は考慮されない)
=「ブルジョア的な平等主義」
GATTなどの自由貿易的イデオロギー=健康格差を正当化するイデオロギー
米国の喫煙者減少によるタバコ会社の需要創造戦略:女性、子供、旧ソ連・東欧をターゲット
ライフスタイル(主体)が社会構造(環境)に影響を与える
薬害:(第三世界に向けて)適応性を拡張し乱用を推進、副作用についての情報提供不足
(岩本)
第5章 ライフチャンスの不平等
■ライフチャンスとは?
一人の人間が,その誕生(出生前も含む)から死(人生(ライフ))に至るまで,健康に生きる可能性(チャンス).
■ライフチャンス制約する環境要因
人間の環境条件は生活様式によって大きく左右される.生活の単位は基本的に家族であり,それぞれの家族の生活様式は,家族が属する民族集団や階級・階層,居住する地域に規定される.また家族の成因の生活様式はその性別と年齢によって違ってくる.
■階級・階層の不平等
公害の被害の集中
e.g. 四日市喘息・水俣病・インドのボパール事件・第3世界における農薬中毒被害
なぜ階級・階層の低い人々に公害の被害が集中するのか?
生活環境(職場環境,地域生活環境,家庭環境)の格差
e.g. 不熟練労働者と専門職の成人死亡率
不熟練労働者の家庭と専門職の家庭の子供の乳児死亡率
有害物質を扱う職場環境で働く者とそうでない者のガン死亡率
危険の多い仕事を行う零細企業や下請け工の労働災害
大気汚染のよりひどい地域に住む者をそうでないもののガン死亡率
核実験場周辺の住民
保存用の塩辛い食品,食品添加物を含む安価な食品を利用する者とそうでない者のガン死亡率
教育年限の短い者と長い者のガン死亡率
■人種・エスニシティの不平等
e.g.
米国における黒人,インディアン,移動労働者と白人の間にある様々な格差
平均寿命・ガン発生率・伝染病などにかかる率・乳幼児死亡率
米国における有害廃棄物処分場などの黒人居住地域,インディアン居留地への集積
公害輸出(南北問題の一側面)
マレーシア,アジアレアアース事件・DDT,BHCの輸出・有害ゴミ,核廃棄物の押しつけ・発ガン性
のある避妊薬の輸出
先進国の熱帯雨林破壊による先住民族の生活基盤破壊
原油流出事故などに伴う水質汚濁による先住民族の生活基盤破壊,あるいは公害発生.
海面上昇と異常気象によっておこるであろう,南太平洋の島国の先住民族の生活環境破壊
放射能汚染(居住地の近くに核実験場が建設される.ウラン鉱山での労働者被爆etc...)
更に途上国では階級格差が激しい.社会の構成階層の間の社会的,政治的権利に大きな格差があり,知識・情報の絶対量だけでなく,情報へのアクセスなどにも大きな階層格差がある.
黒人,低所得者層に対する死刑執行の数
黒人,貧困層が戦争にかり出される数
本文中では特に,米国の例が取り上げられている.米国では全体の死刑執行数における黒人の比率が非常に大きい.筆者は死刑制度も,社会を構成する制度である以上,人間のライフチャンスを制約する(社会)環境因子であるとした上で,国家の意図的殺人とも言える死刑制度の対象に黒人を含む低所得の有色人種が多く含まれるという実状は,有色人種や低所得者に対する社会的偏見の強さ,また白人のみによって構成される場合も多い陪審制のあり方などに問題があるとしている.
■ジェンダー間の不平等
e.g. 南アジアにおける女性の平均寿命の短さ
食物の配分,保健医療などの面における女性差別
インド,韓国,中国などでの女子胎児の選別的中絶
避妊方法における女性への身体的,精神的被害
女性にまわっていくる貧困,環境破壊のつけ
米国における健康食品被害(昭和電工トリプトファン食品公害事件)
男女別賃金格差と,それを基準に定められる障害補償標準給付金などに見られる格差
■地域による不平等
都市と都市外地域
e.g.
より食品添加物,保存料が使用された食品が農村部にまわされる
都市と過疎地としての農村
e.g.
都市部への電力供給のための,過疎地における原子力発電所の立地
有害物質の規制基準の違い
「個人リスク」と「集団リスク」によるリスクアセスメント(危険度評価)の問題
「受益区」と「受苦区」としての都市と農村
関東地方への電力供給のために,東北地方の人々が事故や核汚染の不安に悩まされるのは空間的な「受益
区」と「受苦区」の分離である.受益圏とは,ある経済活動や社会活動に伴う利益を享受する受益者の集
合体であり,受苦圏とはそれに伴う苦痛や被害をおう受苦者の集合体である.この二つの圏の空間的分離
には,都市と農村間にある,中心と周辺の関係,また地方に対する「差別の構造」がからんでいる.さら
に,受益圏の中でも,最大の受益者は地方に原発を立てる電力会社の大株主である企業経営陣などのエリ
ートであるという点も重要である.
■年齢・世代間の不平等
子供の被害
e.g.
放射能汚染・交通事故・大気汚染・飢餓・人身売買・出生前の胎児中絶(特に障害児の場合)
老人の被害
e.g. 医薬品の乱用・大気汚染
(朝廣)
第6章 環境破壊の対策にみるエリート主義 (p232)
第一部
− 環境破壊の主たる「加害責任」が企業エリートと国家エリートにある。 「地球人総懴悔」への反論
・ 「大衆」も環境破壊型ライフスタイルによって「加害者」であるが、資本の需要創造戦略や国策によって市民の選択枝が構造的に制約され、環境破壊へと追い込まれるのである。 → 資本と「先進国大衆」の責任
・国家管理主義体制での特権官僚の「生産量の業績達成」を媒介とする環境破壊の激化。
・第三世界における先進国の多国籍企業による環境破壊と、南の特権階級の追従
∴多国籍企業への「行動基準」と、「自由貿易」から「持続可能な貿易」転換が必要。
第4,5章 − 環境破壊の影響は、社会的弱者や生物的弱者に集積される。
「正の資源」(富、権力、知識、威信)をより少なく、「負の資源」(健康被害など)をより多く配分
∴「環境問題と社会的公正の問題は不可分」であり、上述の構造は環境問題にみられる共通点である。
第6章では、 環境破壊の対策や修復のレベルにおける三つのカテゴリーのうち
「構成、イデオロギーおよびインパクト」にみるエリート主義について検討。
構成にみるエリート主義 − 環境保護団体のメンバーが主として専門職や高所得層、上層中産階級によって構成
イデオロギーにみる〜 − エリート階層出身であるが故の偏見ないし考え方の歪み。
インパクトにみる〜
− 環境運動の成果や効果が、逆進的、低所得層、社会的弱者に対し不利に作用する。
A. 環境運動の構成にみるエリート主義 (p234)
・ 環境保護団体による弱者批判 − 黒人や労働者は意識が低い、農民は大地の強姦者、水の汚染者
・ 自然保護活動において当初からみられた人種差別とエリート主義、
ジョン・ミューア、ウィリアム・ホーナデー等、(自然保護のアマチュア・ラディカリズムは裕福な階級の話)
・ 「全米オーヂュボン協会」(1976) 会員平均年収$35700、大学卒85%、大学院卒43%
・ 「シエラ・クラブ」、専門職52%、大学生19%、事務員やブルーカラー7%、1959年まで黒人入会拒否
・
日本では、共同購入運動や生協のメンバーは国民全体の水準と比べて高所得者層である。
B. 環境運動のイデオロギーにみるエリート主義 (p236)
・ 日本では、例) 「安全な食品を求める運動の優生思想」 − 「奇形児が増える」といった情報操作等
・ 汚染物質の国内基準強化による輸入汚染食糧の拒否 → 先端技術を選択したエリートのエゴ
・ 消費者運動などの「ほんもの」という言葉の乱用 → 生産者の選別 → 人格否定?
・ 「エコ母性主義」 − エコロジーを引き合いに出して母性主義や伝統的性別役割分業を用語する言説
・ 海外では、例) ワールドウォッチ研究所による市場経済礼讃(物神化)とネオマルサス主義への傾斜 →
「環境問題の権威」としてのイデオロギー的エリート主義。Ex.
「上からの人口計画」、半強制的
・ 「ディープ・エコロジー」提唱者アルネ・ネス、「地球上の人口を1億人へ」(生命中心主義) → 要強権
「反システム運動」への注目、インドのヴァンダナ・シヴァ、マレーシアのマーチン・コウ等 →
第三世界の民衆(非エリート)を「準拠集団」としているように見える。 非イデオロギー的エリート主義
C. 環境保全のインパクトにみるエリート主義 (p240)
・ 安全性の高い高付加価値の食品を高所得者層の方が購入に有利だという問題点
・ 公害の被害が社会的弱者や生物的弱者に集中する。南アジアへの工場の移転や廃棄物処理場の立地
・ 環境保護地区による狩猟地の没収や砂漠化による家族や社会の破壊
・ 「債務自然保護スワップ」の推進 → 債務国の通貨増発、インフレの進行
∴ 環境破壊のエリート主義と環境保全のエリート主義は裏表の関係にある。
低所得者層は環境保全に目を配る余裕はなく、汚染の被害をしわ寄せされ修復のイニシアチブも取れない。
環境と貧困(不平等の問題)とは統一的に捉えられなければならない。
認識視座(自然科学的、社会科学的)の分業を避け、総合政策による問題の解決が必要である。
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