第11回 環境的公正を求めて (第1部)戸田清新曜社(1994) 戻る

 11月17日(火) 18:00〜 (古賀先生、岩本、皆川、太田、朝廣)

序論 環境破壊の構造とエリート主義

A. 環境革命の時代
B. 環境的公正の追求
C. エリート主義 対 参加民主主義

第一部 環境破壊の原因にみるエリート主義

第1章 「石油文明」としての現代資本主義の環境破壊
A. エネルギー浪費構造とエリートの責任
B. 現代資本主義の環境破壊とその特質

第2章 国家管理主義(いわゆる現存した社会主義)の環境破壊
A. 国家管理主義とは何か
B. 国内植民地主義の病理現象
C. 国家管理主義の環境破壊とその特徴

第3章 南北問題と環境破壊
A. 国際分業、自由貿易のもたらす環境破壊
B. 多国籍企業の環境破壊
C. 貧困と環境破壊の悪循環


以下、レジメ

(太田)まえがき


環境問題には、<強者が問題をつくり、得をし、リーダーシップをとり、弱者が損をし、責任を押しつけられ、またそうした状況を正当化するイデオロギーを流されている>という広い意味での「エリート主義(エリート優先主義)」の構造がある。
こうした状況を変革するためには、「環境的公正の追求」すなわち「環境保全と社会的公正の同時達成」を理念とする、環境破壊的で不平等な「世界社会」とそれぞれの「国民社会」の構造を変革する世界の人々のネットワーク、エコロジー運動や、エコフェミニズム運動、これが環境問題と南北問題の解決に不可欠なのである。

序論 環境破壊の構造とエリート主義
 
A  環境革命の時代
アメリカのレスター・ブラウン等(環境問題のシンクタンクとして知られるワールドウォッチ研究所)は、
人類史の流れから見て、採集狩猟社会、農業社会(人間の自然への埋没)、産業社会(自然からの疎外)、という類型が順に出現しているが、現代は産業社会から「持続可能な社会」(自然との自覚的共生)への大きな社会変動としての「環境革命」を実現しなければならないと主張している。

 B  環境的公正の追求
「近代産業社会」から、「持続可能な社会」への転換を表現するキーワードは、「環境的公正の追求」であろう。環境保全のための経済と人口の安定化(長期的)は、欧米エリートがしばしば主張するような上からの統制強化によるものではなく、民衆の自治にもとずき、社会的弱者(低所得層や先住民族等)や生物的弱者(年少者や高齢者等)の生活の改善と統合されなければならない。

 C  エリート主義 対 参加民主主義
概念規定をめぐって
本書で用いるエリート主義の概念は、政治学や社会学のいわゆるエリート理論と無関係ではないが、環境社会学の分析概念として提起した用語としての「エリート主義」を念頭においている。
環境問題からのエリート批判
環境問題に取り組む市民活動家や弁護士、研究者は、エリート(企業経営者、国家官僚、専門家)への権限集中と秘密主義(企業秘密、行政秘密)を批判し、情報公開と市民参加の重要性を強調することが多い。
環境破壊の構造(原因、影響、対策)とエリート主義
・環境破壊の原因(発生)、・環境破壊の影響(被害)、・環境破壊への対策(社会運動と政策)という三つの次元にわたるエリート主義について考察する。第一に環境破壊の被害が社会的弱者(低所得層等)、生物的弱者(子ども、老人、障害者等)に集中する傾向がある。第ニに開発途上国の公害の階層構造もたびたび指摘される。第三に、環境破壊をもたらしたる主たる責任はエリートにある。
環境破壊は主としてエリートによってもたらされ、環境被害は非エリートにしわ寄せされ、環境の修復は非エリートの犠牲を伴いながら行われるのである。なお、「エリート」とは、情報・意志決定の権限、富・威信などの面で特権的な立場にある集団ないし個人を指すこととする。技術革新の主たる推進力であり、さまざまな面で環境破壊の発生に大きな責任をもっているのは、経済・政治・文化エリートである。
エリート主義の逆説事象
・環境原因における逆説事象ー現代的なタイプの公害においては、資本や国家の責任とともに、非エリート(先進国の中産階級および労働者階級上層)の環境破壊型ライフスタイルも重要な役割を演じる。「貧困と環境破壊の悪循環」エリートの戦略による非エリートの「ライフチャンスの構造的制約」が非エリートによる環境破壊(共犯関係)の重要な要因と言える。
・環境被害におけるエリート主義の逆説事象ーリスクの個人化(平等化)傾向があげられる。
・環境修復(対策)におけるエリート主義の逆説事象ー加害企業の負担、汚染者負担原則(PPP)や製造者責任(PL)
     
(朝廣)第2章 国家管理主義(いわゆる現存した社会主義)の環境破壊

A 国家管理主義とは何か (p66)
概念規定をめぐって
国家管理主義体制(statist system) = 旧ソ連・東欧型の社会体制
カルテルによる国家管理主義とは
・ 国家による剰余の管理 → 生産者の疎外 → 権力の極大化
現象:(国家エリートによる情報独占、行政秘密の肥大化、国家エリートによる意思決定過程の独占、国家エリートの権力追求・業績追求・先例踏襲・刹那主義、官僚的非効率、住民など行政対象への管理強化など)
国家の抑圧的機能
・ 国家の公共的機能(保健・医療・福祉、環境・生活衛生、教育、交通など)と抑圧的機能の存在
・ 位階制をとるピラミッド組織、情報の独占、他国民衆への国家犯罪 (p72)
国家管理主義におけるエリート主義

B 国内植民地主義の病理現象 (p78)
「国内植民地主義」 → 国内における「中心−周辺」構造 
・ 近代国民国家におけるエスニシティの序列や官僚階級による農民階級の収奪
・ 経済的な植民地人に対し、生物学的劣性の見方 
資本主義体制においても垂直的な「権威的秩序」である以上、「国内植民地主義」的な病理現象は避けられない。(地域や職業階層においてj)

C 国家管理主義の環境破壊とその特徴 (p83)
原子力とエネルギー部門に見る旧ソ連の体質
・ 国家主義的部門である原子力開発の特性 − エネルギー開発経費の多くのシェアを占める
「国家論理による環境破壊」 − 国家管理主義の病理
命令経済の理論と現実 − 費用計算の「包括性」の神話
・ 市民によるエリート監視が必要、「健全な市民運動がないところに、健全な環境はない」(石 弘之)
国家エリートの権力追求
・ 生産力における質より量によるエリート評価、非持続的な資源利用=出世
生産量主義、法令や基準の軽視、自然改造計画
資源・エネルギーの浪費
・ 低い経済価値に設定された資源(大気・水・土地) → 資源の搾取・浪費
国家管理主義型の資源浪費 − 生産の非効率 「官僚的非効率」
資本主義型の資源浪費    − 果てしない開発による 「需要の創造」
先進資本主義国の開発モデルへの文化的従属
「国内植民地主義」による文化の多様性破壊
・ ロシアにおける言語帝国主義の失敗、エスニシティの平等には中立語が必要
「国内植民地主義」による環境破壊
公害輸出と国家犯罪
対抗力の欠如
・ 国家エリートの「管理者」と「管理されるもの」の立場 → 対抗エリート、市民運動、野党における対抗力の欠如
・ 環境破壊の大きな位地を占めてきた「経済大国(日米ソ)」の経済・政治エリートの責任重さ
・ 「資本主義的生産関係に伴う社会的災害」 → 
「資本主義的生産関係及び国家管理主義的生産関係に伴う社会的災害」

第3章
(岩本)
第3章 南北問題と環境破壊

■従来考えられてきた環境破壊の起こる構図(先進諸国の主張)
 人口増加
 自然資源消費・収奪 第3世界
  ↓
 環境破壊

■実際に環境破壊が起こる構図
 多国籍企業の進出と、第3世界における影響力の拡大
 第3世界の富裕層に対する援助(滴り落ち理論 )
 公害輸出
 「緑の革命」や「遺伝子革命」
 国連の構造再編                                     先進国
  ↓
 先進諸国に従属的な政治体制
 一部富裕層への権限集中
 不平等な土地分配        
 モノカルチャー経済の浸透                           第3世界の富裕層
  ↓
 食糧自給の圧迫
 農薬汚染、塩分集積、砂漠化、熱帯林破壊  環境破壊
  ↓
 民衆の生活基盤の破壊
 民衆の生活環境の悪化
 飢餓・貧困                環境破壊
 人口増加・家畜頭数の増加
 焼き畑農業                                  第3世界の貧困層                      
  ↓
 さらなる環境破壊

■第3世界の近代化の過程
先進国による植民地支配
 国際分業 ・自由貿易   先進国と植民地の垂直的分業を合理化
  ↓
 モノカルチャー経済の浸透     
  ↓
独立
 政治体制:北による植民地主義的支配のための買弁階層養成戦略によって生まれた
      南のエリート層による旧植民地権力の特権の引き継ぎ →開発独裁政権
 経済体制:先進国への従属 →世界市場に依存・従属したモノカルチャー
              →欧米の開発モデルの受け入れ               残ったもの
・貿易:発展途上国は、輸出による外貨の手取りによって国家所得の大部分を得ている。それ以外にも経済協力(特
にODA)による受け取りがあるが、大部分は先進国との貿易によっている。それによって生み出される問題の原
因となるのは、先進国と途上国との間の国際分業が、先進国側の産業構造の転換によって実現していく点にある。
途上国の貿易収支は先進国側の需要の必要性によって大きく変化させられるのである。特に輸出を一次産品にの
み頼る国の多くは、激しい価格の変動に左右されやすい。
   +
  第一次産業の後退
  債務危機                                 新しくおこったもの
・債務累積問題:この原因は、先進国からの資金導入による国づくりを行いながら、返済能力がなかなか身に付か
ないことにある。南の国々は、国際収支の赤字を補填するために、さらに北側の資金を導入するという悪循環を
断ち切ることができないまま債務を増やしていっている。
   ↓
  借金返済のための外貨獲得手段の必要性
  さらなる近代化の必要性
   ↓
  IMFによる構造調整によるモノカルチャーへの依存度の強化
  国内の教育・福祉の立ち後れ
   ↓
  多国籍企業によるモノカルチャー支配の経済的・政治的支配。
  (新たな植民地主義的支配)

■途上国の近代化を逆手に取る先進国側の論理による環境破壊の原因
01.国連再編による国家権力の強化
IMF(国際通貨基金):第二次世界大戦後、世界銀行の姉妹機関として設立された。現在140カ国が加盟。権限は理
            論的には21の理事国にあるが、実質的には分担額最大の米国と、英仏独日によって運営。
IMFからの借り入れの際、「付帯条件」としての構造調整プログラム
・債務国政府における、福祉、教育、健康、食料補助金などの「非生産的」出費の削減
・実質賃金の大幅に引き下げ
・国際収支の改善のため、輸出を拡大するための輸出用換金作物の栽培拡大
世界銀行:IMF同様米国や西欧、日本の大きな影響下にある。
・プロジェクトの多くが、環境破壊や生活圏の侵害、多国籍企業への利益誘導等の面で非難されている。
・公害輸出を肯定する発言
GATT(関税と貿易に関する一般協定):自由貿易主義を進めるための協定
・技術移転に関する合意:アジェンダ21では南が技術移転についていくつかの譲歩を勝ち取ったが、GATT
 ウルグアイ・ラウンドの合意では北の知的所有権制度の例外なき適用が強力に主張されている。
 ・技術移転:途上国が自国の技術水準を高めるため、すでに開発されて先進国が用いている技術を移転し、それを土台
  にさらに技術水準を飛躍させるためのもの。技術移転のなされるパターンには、(1)出版物へのアクセス、(2)
  教育研修の機会、(3)技術協力計画を通じての情報と人間の交換、(4)外国人専門家の雇用、(5)機械設備の輸
  入、(6)生産過程のためのライセンス契約および特許等の使用、(7)直接外国投資等がある。途上国はあらゆる
  技術が先進国に独占されている状態を打破しようとして様々な努力を重ねている。

02.多国籍企業のヘゲモニー
国連の構造再編、GATTの強化、知的所有権構想などの背景にある要因としても多国籍企業の世界戦略は重要である。
多国籍企業の世界戦略の進行
・途上国の経済支配と生活・文化・自然環境破壊
・公害輸出
・「緑の革命」と「遺伝子革命」
 「緑の革命」 
   多国籍企業(フォード財団、ロックフェラー財団等)  
    輸出↓ 
  農薬、化学肥料 農業機械
     ↓ ↓
  環境汚染     地元農民の貧困化

 「遺伝子革命」
       多国籍企業
       輸出↓
  植物新品種    耐除草剤の普及
     ↓        ↓
  農民の貧困化    農薬汚染

・持続可能な開発のための企業評議会(BCSD)
  積極的なロビー活動による、多国籍企業の規制・監視の緩和
  途上国の主張する「技術移転」を多国籍企業の利益を守る「技術協力」の定義に近づける
  自由貿易の推進の強調

03.南の特権階級に重点を置く援助
南に対する安易な援助は、援助を受ける第3世界の国々のGNP成長と共に、その裏側で先進国への経済的従属を深化させる。またODAによる先進国側への利益誘導といった現状も見られる。「滴り落ち理論」に基づく援助は、第3世界の富裕層のみに利益をもたらし、多くの民衆、先住民族等の生活基盤を破壊する。また伝染病の蔓延などで民衆の生活を悪化させ、環境を破壊する。そういった援助は結局の所「南北の支配層の共謀」による援助でしかない。


これまで、環境破壊を引き起こす原因とされてきた人口増加と途上国による自然資源消費・収奪は、途上国が先進国による植民地時代に、先進国側の利益獲得のための国際的な分業体制、自由主義貿易の枠組みの中に組み込まれており、独立後も、それによる先進国の経済的支配から逃れられなかったことにある。先進国の後を追う形で進められてきた、先進国主導の途上国の近代化は、途上国における人々の生活基盤を破壊し、飢餓や貧困といった問題を深刻化させると共に、膨大な自然環境の破壊を引き起こした。この現状を無視して、安易な人口抑制案の押しつけによる人口調整を行ったとしても、環境問題の解決には多きな効果は期待できない。重要なことは南北問題に潜むエリート主義構造を把握し、北や南の一部の富裕層に多くの富と権限が集中している状況を改め、貧困世帯により公正な土地の配分がなされ、適切な貧困解決策方法を講じることである。もしそれが実現すれば、その施策自体が持続的農業発展の第一歩となり、環境的にもより安全な世界に近づくことになろう。


 


asahiro@kyushu-id.ac.jp