英国の景観保 全
英国に見る 毅然とした姿勢

 九州大学芸術工学研究院  朝廣 和夫

(以下の文章は、「西日本新聞、2005年4月11日、陸の 声海の声」に掲載された文章に、画像、引用を付け加えたものです。)

 羊が草をはむ牧草地、ちらほらと雑木林が点在する景観を、英国ではカ ントリーサイド(田園景観)といいます。
Wye
 ここではウオーキングが盛んです。農林地の中に点々とあるサインは、そこが公共遊歩道(パブリック・フットパス)であることを示しており、誰でも自由に 歩くことができます。自らゲートを開けては閉めて牧草地を歩き、フェンスを越え、森の中を歩きという具合に、教会とパブのある村から村へと、歴史と景色を 求めて農林地の中を散策できるのです。
Forkstone
 また遊歩道で出合うのが、背もたれに、寄贈した人の名前と年代が彫り込まれたベンチ。腰掛けると、故人が愛したであろう景色が広がります。この美しい田 園景観を守りたいと思う瞬間です。

 どのような田舎町でも、地元の人の視線を気にすることなく散策できる公共遊歩道はすばらしいシステムです。これを実現しているのが田園接近法。「私有地 であっても、自然や田園風景は国民共有の財産であり、それを享受する権利がすべての国民に平等に与えられている」というこの法律は公衆の通行権、いわゆる アクセス権を保障しているのです。1)

 Chartwellまた、田園景観は良く保全されています。そ れは、農林地の多くが自然景勝地域に指定され、新しい開発が厳しく制限されてい るから。宰相チャーチルは「あなたは、ここよりも魅惑的な景観を世界のどこにも見つけることができないでしょう。この景色を眺め、大切にするのは私たちで す。私はそのために死ぬつもりです」と述べたといわれ2)、国は地方自治体と公共団体に農林地を守る法的義務を課し、農家と市民に 協力と行動を呼びかけて、守るべき価値に対し毅然とした姿勢を示しています。

 なぜ英国では、こうした考えに至ったのでしょうか。それは、歴史的に大英帝国を支えた大土地所有者が農林地を所有してきたことや、市民が運動によって権 利を獲得したという背景がありますが、最も大きな理由は、長年利用してきた農林地を、英国の誇るべき自然として、政府も市民も大切にしているからです。
 さて、わが国を顧みると、ため息がでるばかりです。昔は国民の八割が農山村に生活していたため、散策路など必要なかったかもしれません。しかし、今では 逆に八割が都市生活者。私たちは適切に田舎を歩く法律を持たず、地元の人に遠慮して、歴史や動植物を訪ねることさえ困難を極める状況です。
 昨年、景観法が施行されましたが、国と自治体が開発と保全の間に整合性のある政策を実施せず、国民が農林地や動植物、景観の大切さを知らなければ、わが 国に美しい田園景観が残るはずがありません。
 英国では、「保全」が「面倒を見る」「世話をする」というように解釈されています3)。その考え方に近づく方法が、まず私たちが 田舎を歩くこと。その一歩を踏み出すことから、農林地が生産の場だけではないことが理解され、地域景観を保全する輪が広がるのではないでしょうか。


1) イギリス緑の庶民物語, 平松 鉱, 1999, 明石書店.
2) A Management Plan for the Kent Downs Area of Outstanding Natural Beauty 2004-2009, The Kent Downs AONB Joint Advisory Commitee, April 2003, foreword.
"Nowhere in the world will you find a landscape more ravishing than this. It's ours, to look at and to cherish for the rest of our lives. I would die for it."
Sir Winston Churchill
3) Lake District National Park Authority.

Photo 1, Wye villege view from skirts of Wye Down, Kent.
Photo2, Seaside Green of Forkstone, Kent.
Photo 3, Kentish AONB Landscape veiw from terrace of Chartwell.