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前略このホームページをご覧になるみなさまへ。
こんにちは。はじめまして。藤原惠洋研究室のホームページへようこそ。
私は主宰の藍蟹堂藤原惠洋(らんかいどう ふじはらけいよう)です。小さい頃から、淡彩画や俳画で遊んだり、俳句をひねるのが好きな事もあり、かつて巨蟹堂(きょかいどう)という号を戴いていました。愛情深い恩師から授かったのですが、今考えてみると、私が蟹座生まれの巨躯をあやつる輩(やから)だったからだと思います。ふと我を思うと、たしかに蟹に似ています。心情的には頑固さの塊そのもので、固い甲羅に身を包み、付和雷同を良しとしません。しかし、きょろきょろ目玉だけは旺盛に好奇心いっぱいで、それでいてどこか情けなくなるように気が小さく、まっすぐには進めず、結局のところ、横へ横へとよたよた歩きながら、違う世界を横断し続けているのです。でも、わずかばかりの取り柄があるのならば、蟹のように横歩きしながら、いくつもの多彩な世界や知の領域を横断しつつ、学際型の研究領域をひたすら拡張させてきたようです。のしのしと歩いてきた地域は、地球の大きさから言えばささやかな広がりでしかないかもしれませんが、国の数で言えば66カ国を越え、国内ならすべての都道府県をけっこうすみずみまで何度も行き来しています。
フィールドワークに基づく行動する建築史学者の顔と70年代黎明期以来の市民参加型街づくりワークショップの達人の顔をあわせもつとこの頃は評価されるようになってきました。おつきあいの自治体の数もずいぶんと増え、数えて200ほど。好きで住み着いたついたまちやむらも増えました。
その後、2003年から04年にかけ文部科学省在外研究(長期甲)の機会を得てオランダに暮らしたことがあります。徹底した個人主義と社会的寛容さの妙なるバランスを見せる彼の国を彷徨しながら、私は或る日、蘭蟹堂(らんかいどう)と名乗ることにしたのです。人生に大きな転機を与える体験だったからです。雅号を変えてでも、この時間と空間をしっかりと味わってみたいと考えたのです。その後、居続ける家族を残して一人帰国した後、再度、私は雅号を樹蟹堂(じゅかいどう)と変えました。木の彫刻で刻まれた蟹のように何にも動じない不動の蟹のような暮らしを志したのです。残念ながら、予想以上に忙しい日本での毎日は私のからだとこころに厳しい試練をもたらし、病床についた時期さえあります。
そして今、あらためて博多湾を眼前に臨む居場所に居を構え、私じしんのからだとこころの綾なる奏楽を再生するような毎日を創造したいと考えるようになっています。広がる藍色の海原の海底深く私の分身とも言える一匹の蟹が飄々と散策しているにちがいありません。泰然飄然自然とした生き方こそ、この藍色に染まった蟹が私に示唆してくれるものにほかなりません。藍蟹堂の雅号を生きながら「君と世界の戦いでは世界に支援せよ(カフカ)」なる生き方をめざしてみたいと思うのです。
さてホームページでは、こうした私のひととなりの紹介のみならず、私の研究室のこれまでの活動、これからの活動などを多彩にご紹介しようと思います。どうぞご興味のある方は、本研究室へ直接メイル・電話・ファックスをどうぞお寄せください。またお近くにおいでの際は、どうぞお立ち寄りください。
藤原惠洋研究室 研究ゼミ
ゼミの様子をブログで更新中。コメントもお待ちしています。
http://blog.drecom.jp/keiyo_labo/
九州大学大学院芸術工学研究院 藤原惠洋研究室
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九州大学大学院芸術工学研究院芸術情報部門芸術文化論講座 藤原惠洋研究室