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「アール ブリュットの行方/アトリエ ブラウ゛ォの現場から

西日本新聞からのお話で、アトリエ ブラウ゛ォを取材する機会をいただきました

西日本新聞 朝刊 2010年12月8日

アトリエ ブラヴォの風景
メンバーの皆さん、職員の原田さん、松尾さん、西日本新聞の吉田さん、ありがとうございました。(2010年11月13日取材)
アトリエの扉 アクリル絵の具での作業 陶器の作品です。窯も充実しています
スパッタリングと色鉛筆を組み合わせて、奥行きを出していました メンバーのデザインによる石彫 画材が充実しています
繊細な色使いで、立体的な空間作りをしています(本田雅啓氏) ユーモラスで楽しげです(川上勇樹氏) 触覚的な捉え方に独特なセンスがあります(樋渡幸大氏)
挨拶をきちんとしてくれるので、気持ちがいいです。制作が終わると床を雑巾がけするなど、とても丁寧に掃除していました。部外者をスッと受け入れる雰囲気があります 一人一人の予定表。メンバーの意向で変更することも。魚屋さんにいただいたマグロの頭をどうしても描きたくて、汁が垂れるのもかまわず持ってきたことがあったそうです 自立のための練習部屋。台所用品や、ホテル宿泊を想定したユニットバスが設置されています
毎日の朝礼で、メンバーが共有するルール。「挨拶をきちんとする。威張らない。命令しない。困っている時は手伝う。助ける」等、私の勤務先でも共有したいお言葉の数々 音楽部の練習風景。真摯に取り組む姿勢そのものに、心打たれます。音もきれいです。楽器を運ぶことも、生活訓練のひとつと考えられています 2007年のLove Cub 50プロジェクトの作品。スーパーカブ50周年を記念し、タレントやアーティストから60の作品が寄せられました。その中でもアトリエ ブラウ゛ォの作品は注目を集めたそうです。本当にカッコイイ
新聞のテキスト内容(西日本新聞朝刊、2010年12月8日)

アール・ブリュットの行方 アトリエ ブラヴォの創作現場から/自他が揺さぶられ変わること

九州大学芸術工学研究院助教 知足美加子

 美術集団「アトリエ ブラヴォ」の扉を開けると、無心に制作する場の粒子が流れ込んでくる。社会福祉法人・福岡障害者文化事業協会の通所授産施設「JOY倶楽部プラザ」(福岡市博多区)の工房である。8人のアーティストには知的障害がある。音楽集団とともに活動する。障害者芸術を語るとき、その属性と芸術性、福祉的側面のバランスをとることが難しい。アトリエ ブラヴォの新鮮さは、それを淡々と楽しげに体現してみせるところだ。

 そもそも「アール・ブリュット(生の芸術)」とは、障害者芸術とイコールではない。美術アカデミズムのアウトサイドにある創造、という意味合いが強い。その英訳が「アウトサイダー・アート」とされたのも、正規の美術教育の枠外にあることが強調されたためである。第二次世界大戦後、フランスの画家ジャン・デュビュッフェは精神を病んだ人々や独学作家の作品に新しい芸術の可能性を見出し、これらをアール・ブリュットと名付けた。この概念は伝統や評価に支配されないことが重要であり、当事者の福祉にフォーカスしたものではない。

 日本において障害者の芸術に注目が集まったのは1990年代である。文化多元主義も後押しして、障害をめぐる社会意識にアプローチする様々な芸術運動が起こった。そのひとつが社会的包容力を拡大しながら差別意識を乗り越えようとする「エイブル・アート」である。これは福祉的目的のために芸術を利用しており、西洋の文脈とは異なる方向性をもっていた。エイブル・アートは福祉施設間のネットワークを構築しながら全国的に活動を展開したため、障害者芸術に対する認知度を高めることに貢献した。しかし、発足より15年を経た今、社会運動の域を脱し「個の発信」へと焦点が移りつつある。世界的に活躍する芸術家・草間彌生が精神を病んでいることはよく知られているが、彼女が障害者芸術の枠で語られることはない。どの作家も自らが抱えるものを糧にした「個」の創造を、最初から行っている。周囲はその事実を受容することが大切だ。

鑑賞者側の問題として、障害者芸術の安易なカテゴライズは、個別な芸術性を問う前に礼賛する傾向を生む。そこでは障害者の社会的不利益は忘却されがちだ。当事者より先立つ親、兄弟児の気持ち、福祉関係者の労働条件の厳しさにまで想像力がおよばない。まず「すべての人間は障害に関わる可能性を内在する」という自覚が、鑑賞者に必要なのかもしれない。

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 アトリエ ブラヴォの特徴のひとつは、生活への視点が創作の基盤にあることである。当事者の社会的経験を広げ、世界観を豊かにするためにアートを手段とする。細かな生活記録を残し、メンバーの今をスタッフが共有している。自立のための練習部屋には、公演に伴うホテル宿泊を想定してユニットバスが設置してある。筆やパレットを洗うことは、箸や食器を洗う行為に繋がっている。逆説的ではあるが、創造よりも生活向上に注視していることが、主体的な創造を生み続ける要因となっている。メンバーの色使いは、爽やかで、対象への愛とユーモアを感じる作風だ。個々の福祉状況のイノベーションは、作品の伸びやかさに反映する。

 身体性を伴うライブ感覚もアトリエ ブラヴォの特徴のひとつだ。舞台での創作パフォーマンスに加え、福岡市内での壁画制作は12カ所にのぼる。ライブペインティングを重視するのは、コミュニケーションを通じて社会に入り込み、周囲に想像力を与えるためだ。とにかく出かけて人と出会い、内面世界を共有し、属性ではなく「名前」で呼びあう契機をつくる。

 アトリエ ブラヴォを訪れて気づいたことは、障害者の社会的側面と芸術性の向上は「生活」と「関わり」から始まる、という当たり前のことだった。彼らが大切にしている失敗する経験や試行錯誤のプロセス、関わり、冒険的精神。その美的コミュニケーションの総体を、私は芸術と呼びたい。自他が揺さぶられて変わっていく。そのこと自体への感動が芸術にはある。日本のにおけるアール・ブリュットの行方は、個と個のコミュニケーションの中に浸透し、扉を開けつつある。

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ともたり・みかこ 1965年、福岡市生まれ。九州大学芸術工学研究院助教。国画会彫刻部会員。1990年、青年海外協力隊(美術隊員、コスタリカへ)。筑波大学院芸術研究科修了。2000年にエイブルアート・フォーラム福岡実行委員長。もやいバンク福岡、NPO法人花の花理事。夫文隆さんはNPO法人エスタスカーサ理事長。

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