授業

 音楽学の基礎知識を多角的に身につけられるように指導しています。

 そのために、学部では「音楽学I」「比較音楽理論」「音文化論演習I」という授業を通じて、音楽史、民族音楽学、音楽美学などの音楽学のさまざまな分野を把握してもらっています。授業は講義が中心ですが、東西の長い歴史の中で音楽がどのように理解され、流通してきたかを、噛み砕いて話す音楽文化史の講義から、米国の新しい音楽理論まで多岐にわたっています。

シラバス

音楽学I

授業のねらいと概要

 今日の音楽学は方法論において多様な広がりを見せている。一方では,情報科学の進歩に呼応して新しい楽曲分析理論がいくつも考案され音楽理論の新領域が形成されつつある。また,一方では,文化多元主義の考え方が浸潤することにより民族音楽や伝統音楽の研究も盛んに行われている。また,音楽データベースの拡充に伴って音楽研究は豊富なデータにもとづいて客観的に行われるようになっている。こうして,今日ではさまざまな音楽を同一の地平で多角的かつ客観的に研究しうる環境が整えられている。

 授業では,楽曲の階層構造論,心理学的音楽理論,記号論によるモデル,計算機を用いた楽曲分析,音楽データベース論,演奏分析の新しい方法などを講義と実習をとおして学ぶ。また,民族音楽学と音楽美学の新しい傾向についても学ぶ。

講義内容
第1回 旋律プロセスの分析 

レティーとケラーの分析理論を学び実習する。レティーは,セルの連続が主題パターンを構成する主題プロセスを,ケラーは,基本楽想の展開の矛盾律によって旋律の輪郭を認識する枠組みを示した。

第2回 シェンカーの還元法  

シェンカーは,楽曲の階層構造の分析の枠組みを示した。それは,調性のみならず無調の音楽から民族音楽まで応用範囲を持つ。「基本構造」「基本線」「延長」「還元」の考え方,楽曲を3層で捉える方法を学び実習する。

第3回 生成文法派の調性理論

レアダールとジャッケンドフによる「調性音楽の生成理論」は,シェンカーの階層理論を展開し,さらに,チョムスキーの生成文法の方法を導入した今日もっとも影響力を持つ音楽理論であり,実装も試みられている。

第4回 マイヤーの意味と情動の理論

アメリカ音楽理論の礎を築いたマイヤーの音楽論を学ぶ。傾向性−禁止−情動のモデル。仮説的意味・明示的意味・確定的意味による音楽の意味のモデル,詩脚法に基づくリズムの分析法について学び実習する。

第5回 ナームアの暗意−実現モデル

旋律の予期に関するナームアの暗意−実現モデルを学ぶ。それは連続する3音の窓とクロージャーの設定により,旋律の原型を8つに分類する汎様式的モデルで,ゲシタルト心理学の考え方も取り入れられている。

第6回 記号論によるモデル

ナティエの記号論によるモデルは,楽曲分析において柔軟なシンボル的操作を可能にする。この他,授業では,ナティエのコミュニケーションモデルと,リドフやヴォーの記号論的分析についても講ずる。

第7回 リュウエの分布理論

リュウエの分布理論は,等価・反復の原理を用いて旋律に固有の階層レベルを抽出する。等価度によって示差的単位を設定する独自の手法は,実装もいくどか試みられている。

第8回 旋律線とパターンの分類

 旋律パターンは楽曲の中で明示的でなく文脈依存的である。よって,パターンの抽出と分類には相応の工夫が要求される。旋律パターンの類似性評価と分類のさまざまな手法を学ぶ。

第9回 ローマックスの計量音楽学

 ローマックスの「計量音楽学」は,諸文化の民俗的歌唱様式を分類し,それを文化的特性と対応づけた。その分類と対応づけの方法はその後の民族音楽学に大きな影響を与えた。

第10回 音楽データベース論

楽譜情報のデータベースが組織的に作られることで,音楽研究は飛躍的に進歩することになる。EsAC, KERN, MuseData, SMDL, また,日本の伝統音楽のためのデータ形式を知り,楽譜情報の標準化について学ぶ。

第11回 現代の民族音楽学  

ゼンプ,フェルドらによる民族誌的研究の影響の下に,民族音楽学は新しい局面を迎えた。現代の民族音楽学は,音楽をめぐる言説と概念化の記述方法に新たな展開を見せている。

第12回 現代の音楽美学                 

 グッドマン,コーカーらの形式主義的音楽美学を軸に,アドルノの音楽美学,ブルレの音楽的時間論,リッサの引用論,ゴドロヴィチの演奏論など現代の音楽美学の主潮流を学ぶ。

第13回 演奏分析の新手法                 

 20世紀の録音が整理されるのに伴って,歴史的な録音が演奏研究のための資料として用いられるようになった。その結果,演奏様式の変遷が実証的に研究され,演奏史の枠組みが書きかえられつつある。

 

比較音楽理論

授業のねらいと概要

 日本人がアジアを始めとする世界の国々の人々と接触し交渉を重ねていく機会は増えている。そうした国々の伝統的な音楽にどのような理解を示すかは,その担い手である人々とどのようにつきあい協調していくかの姿勢にもつながる。国際化・情報化社会を生きようとするこれからの日本人にとって,まず,自国の伝統音楽についてよりよく知るとともに,アジア各国の音楽を尊重し深い理解を示すことは必須である。

 授業は,日本とアジアの国々の伝統音楽を学び,さらに,その担い手である人々の価値観,音楽観を知ることに主眼をおく。まず,日本およびアジアの国々の音楽の歴史・理論・思想・伝承形態を学ぶ。次いで,音楽の東西交流史を軸に,異文化の音楽の受容についても考察を加える。その考察にたって,西洋における協和・不協和概念の変遷史や記譜法の歴史など西洋音楽の歴史と理論を比較音楽学的パースペクティブのもとに認識し直す。 

講義内容
第1回 音楽の東西交流史

 音楽の東西交流史を概説し,また,東西の音楽を巨視的に比較した諸学説を学ぶ。それによって,東西の音楽それぞれの原点を探り,西洋の音楽史と音楽理論を相対化するための視座を得る。

第2回 アジア音楽の伝承

 アジアの音楽の伝承に焦点を当てる。伝統音楽の教授法,口頭性と書記性,楽譜と実演との違いについて解説する。また,工尺譜や敦煌琵琶譜などアジアの現行譜と未解読譜について学び訳譜を実習する。

第3回 日本の伝統音楽1:古代・中世

 雅楽,琵琶楽について学ぶ。また,奈良・平安期における日本土着の音楽の伝承と外来音楽の受容について解説する。

第4回 日本の伝統音楽2:中世・近世

 能楽,声明について学ぶ。また,世阿弥の伝書について解説し,花,幽玄などの概念を検討する 

第5回 日本の伝統音楽3:近世

 三味線楽,箏曲,尺八楽について学ぶ。外来音楽の影響を脱した江戸期の音楽を解説したのち,日本人固有の音感覚はどのようなものかについて,ディスカッションを試みる。

第6回 日本音楽の理論

 日本の伝統音楽を対象とする音階論とリズム論が,明治以後に数多く考案されている。田辺尚雄,上原六四郎,小泉文夫,柴田南雄,東川清一による音階論とリズム論を学ぶとともに,それらの問題点を論ずる。

第7回 中国と韓国の音楽

 中国と韓国の伝統音楽を概説する。また,中国の音律論,旋法理論,リズム論について歴史的に解説する。

第8回 インドの音楽と音楽理論

 ナーティヤ・シャーストラに現れたインド古典音楽の理論を解説する。また,ヒンドゥスターニ音楽,カルナータカ音楽のリズムと音階を論ずる。

第9回 無文字社会の音楽

 無文字社会の音楽の伝承は文字のある社会のそれと異なる。西アフリカのモシ族のドラム言葉,カセナ族の笛言葉,また,中央アフリカのアカ族の音楽の声とリズムについて論ずる。

第10回 東西の音楽思想

 中国の礼楽思想,インドのラサ,日本の芸道論において音楽がどのように認識されていたかを論ずる。それらの比較により,音楽や美の概念はどの文化圏でも同じように用いられているのか否かを考察する。

第11回 協和と不協和の歴史1:初期ポリフォニー

 西洋では,はじめ,協和的であることはすなわち美的であることであった。ギリシャと初期ポリフォニーの時代における協和と不協和の概念について述べたあと,協和原理が西洋固有のものか否かを比較音楽学的に考察する。

第12回 協和と不協和の歴史2:対位法の時代

 対位法の時代に協和音程の範疇は拡大した。そして,不協和音程を効果的に用いながら旋律を協和に響かせる技法として対位法音楽は完成した。それらをジョスカンとパレストリーナの対位法から学ぶ。

第13回 協和と不協和の歴史3:調性の時代

 18世紀に確立した調性とは,実は,不協和音程を駆使するシステムであった。調性和声の根源についての諸学説を学び,調性は生得的か否かについての仮説を検討する。

第14回 協和と不協和の歴史4:調性崩壊期

 調性がもっとも多様に展開するのは19世紀末から20世紀初頭にかけてそれが崩壊に向う時期である。調性の崩壊期における協和・不協和概念の展開を解説する。また,騒音主義の音楽などにも触れる。

 

音文化論演習I

授業のねらいと概要

 音楽を奏で,楽しむ行為はすべての人類に共通の行為である。だが,それぞれの民族が独自の言葉を持っているように,音楽は決して一つのものではない。同じように音楽を奏でているようでも,音階や音色や表現方法は,それぞれ少しずつ異なることが多い。

授業では,まず,諸民族の音階・音組織・旋律・和声・リズム・楽式についての基礎知識を学ぶ。加えて,非西洋の音楽や20世紀の音楽の多様なありかたを知り,それらに耳を開いてもらう。こうして,さまざまな音楽を的確に聴き取るための知識と考え方を身につけていく。

 ところで,音楽は,多くの場合,祝宴・労働・信仰・演劇・舞踊・映像などの社会の営みと密着して作られ奏されてきた。音楽が,それ自体として聴かれるために作られるようになったのは,むしろ最近になってからのことである。そこで,授業では,次に,音楽がそれ以外の社会的な営みとどのように関わってきたかについて,多くの実例を示すことにより学んでいく。

講義内容
第1回 楽典1

音名、譜表

第2回 楽典2

音程と音階

第3回 諸民族の音組織1

音階と旋律

第4回 諸民族の音組織2

音律

第5回 諸民族の音組織3

リズムと拍子

第6回 諸民族の音組織4

多音性

第7回 楽典3

調性

第8回 諸民族の音組織5

調性の変遷

第9回 楽典4

調判定

第10回 諸族の音組織6

声の技法

第11回 文化の中の音楽1

歌、語り、唱え

第12回 文化の中の音楽2

信仰と音楽

第13回 文化の中の音楽3

祝宴・労働と音楽

第14回 文化の中の音楽4

演劇・舞踊と音楽