音楽心理学への御招待1


中島 祥好

11 音の常識と誤解

まだ、この前の話は続いているのですが、たまには道草を楽しむことにいたしましょう。このところ、倍音という言葉を盛んに使っていますが、倍音の話をしたときに、よく出てくる質問は、なぜ、ピアノの音などにはたくさんの倍音があるはずなのに、耳には一つの音しか聴こえないのか、と言うものです。ここでは、「聴こえる」という言葉の解釈に気をつけなければなりません。同じ 440 ヘルツの音であっても、時報の澄みきった音と、電子楽器によくあるフル・オルガンの華麗な音とでは、全く聴こえかたが違います。二倍音以上の倍音を殆ど含まない時報の音と、高い倍音までたっぷりと含むフル・オルガンの音とが、はっきり違って聴こえるのは、私たちの耳が、フル・オルガンの倍音を、きっちりと「聴きとって」いるからにほかなりません。つまり、倍音は聴こえているのです。

 ところで、ピアノの音も、人間の声も、猫の鳴き声も、フル・オルガンの音も、全て、基本音、2倍音、3倍音−−−という倍音関係(周波数が1:2:3:−−−という倍数の比率をなす関係)になった成分が集まってできています(大雑把な話ですが)。ここで、倍音関係にある成分をいちいち別の音として聴いてしまうと、日常生活ではかなり不便なことになるでしょう。猫の鳴き声は、一つの声として、まとめて聴いたほうが、猫を見つけるのに役立ちます。猫が1匹なのに、声が5匹と言うのでは、「不思議の国のアリス」に出てくるチェシャ猫も(顔が見えれば)顔負けの、不思議な猫になってしまいます。幸いなことに、私たちの聴覚システムは、倍音関係にある成分をひとまとめにすると言う働きを持っています。この働きが、人類の進化の過程で生じたのか、生まれて以来の学習によって生じたのか、はっきりしませんが、おそらく、進化と学習との両方が関わって、このような都合のよいシステムができあがったのでしょう。騒音の中で、誰かの話し声を聴きとろうとするとき、我々の聴覚システムは、騒音と、話し声とを分離しなければなりません。聖徳太子の場合には、何人もの声を分離しなければなりません。このときに、声を形作る成分の倍音関係が、重要な手がかりになるのです。つまり、倍音関係にある成分をひとまとめに捉えると言う聴覚の仕組みは、私たちの日常生活を大いに助けているのです。

 音楽で用いられる長3和音においては、ド、ミ、ソが、4倍音、5倍音、6倍音にあたり、一種の倍音関係になっています。この場合、ド、ミ、ソを別々の楽器で演奏すると、三つの音が鳴っているにもかかわらず、聴覚システムは、ひとまとまりの音として捉えようとします。このような理由で、長3和音は、まとまりよく聴こえるのではないかと考えられます。このまとまりの核となるのは、実際には存在しない基本音の成分であり、ドの音に当たります。これが、根音の起源ではないかと考えているのは、ミュンヘン工科大学のテルハルト先生です。

 ところで、ピアノの音の倍音を分離して聴きとることは、少し練習すればできます。たとえば、ヘ音記号の下第2線のCの音(チェロの一番低い開放弦に当たる)を鳴らし、それに含まれる3倍音を聴きとることを考えます。この3倍音は、1オクターブと5度上のGに相当します(ヴァイオリンの一番低い開放弦に当たる)。手順は次の通りです:


 1.Cの鍵を音を鳴らさずに一杯に押しさげる。ペダルは踏まない。

 2.スタッカートで、Gの鍵を思いきり叩く。Cの3倍音だけが残る

    (厳密には「3倍音とその倍音が残る」と言わなければなりませんが、

      ここではそこまで厳密に言うのはやめます。)

  3.この3倍音をしっかり耳に刻みこんでから、今度はCの鍵を普通に

      押しさげて、Cの音を鳴らして伸ばし、3倍音のGの音を「捜す」。

 いかがでしょうか、倍音が見つかったでしょうか。このようなやりかたで、倍音が存在することを確認し、私たちの耳が確かに倍音を聴いていることを確かめることができます。

 私は、学生時代に男声合唱をしていましたが、ミサ曲などを練習しているときに、ぴったりとハモると、いないはずの、アルトやソプラノの声が聴こえたような気がして、驚くことがありました。どうも、この「天使の声」を注意して聴きつづけると、美しいハーモニーが生まれるようなのですが、これも倍音のいたずらであろうと考えています。そのうちに自分で研究してみたいと考えていることの一つです。なお、私どもの歌をお聴きになった方々に、天使の声が聴こえたかどうかは、ご想像におまかせいたします。

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