音楽心理学への御招待1


中島 祥好

14 オクターブの話

 酔っぱらいのカラオケで、1オクターブ下の音を使うことがあると言う話をいたしましたが、オクターブが違っていても、「音名」は同じなのだから、代わりにその音を使っても全然おかしくないのでは?と思われた方がいらっしゃるかもしれません。しかしながら、1オクターブ離れた音に、なぜ同じ音名が付いているのか、それこそが問題なのです。1オクターブ離れている音は、どこか似た感じに聴こえるから、同じ音名で呼ばれるようになったはずで、「もともと」同じ音名が付いていたわけはありません。音の高さは、例えば C、C#、D、D#−−−と半音ずつ進むにつれて、階段を登るように上がってゆきます。ところが、−−−Bb、B、C と1オクターブ進むと、出発点のCの近くに帰ってきたような感じがします。ちょうど、螺旋階段で一回り分登ると、出発点に残っている人に真上から「こっちだよ」と呼びかけることができると言う、そんな感じです。このように螺旋階段のような形になぞらえることを最初に考えついたのは、アメリカのリュックミックと言う学者で、1929 年のことです。

ある音の高さと、そこから1オクターブ離れている音の高さとに、似た感じの生ずることを「オクターブ類似性」と呼びます。1オクターブの場合だけでなく、2オクターブ離れているときにも、3オクターブ離れているときにも、似た感じがしますし、同じ音名が与えられます。これも「オクターブ類似性」です。

オクターブ類似性は、音階や和音を考える際の基礎となります。ところが、音階について考えるとき、多くの場合「1オクターブをどのように区切るか」と言うことがいきなり問題になり、「なぜ1オクターブが基本になるのか」と言うことは議論されません。このような、これ以上理屈がつきそうにもない、いかにも当り前であるようなことを、わざわざ問題にして、あれこれと理屈をつけ足すのは心理学者の大事な仕事です。なぜそのようなことで時間を潰すのかと言うと、それは面白いからです。このような当り前のことにも、人類が進化の過程で獲得した、聴覚の精密な仕組みが反映されているはずです。その秘密を探ることが面白いのです。

 オクターブ類似性は、生後3箇月の赤ん坊にも見られると言うことを、1984 年に、当時パリのルネ・デカルト大学で活躍されていたドゥマニー先生が報告されました。そうだとすると、音楽教育を受けているかどうかにかかわらず、オクターブは特別な音程であると結論づけることができます。もっとも、赤ん坊が、母親のお腹の中で何を聴いていたか、あるいは、生まれてから3箇月の間何を聴いていたか、と言うことは、多いに関係する可能性があります。

 お腹の中にいるとき、あるいは生まれた直後に、音を聴かせないと言う実験を人間に対して行うことは、技術的にも、人道的にも不可能ですが、鳥が卵の中にいるあいだに音を殆ど聴かせないという実験は可能です。卵の中のマガモの胚子(生まれる前の雛)は、ある段階で鳴くことができるようになりますが、これを手術で鳴くことができないようにして、自分の声も、他の胚子の声も聴こえない、静かな環境で孵化させると、生まれた子ガモは 825 ヘルツ以上の高い音の成分を聴きとりにくくなり、母鳥の声を聴き分けるにも問題が生ずると言うことが報告されています。ところが、自分で声を出せない胚子に、他の胚子の鳴き声を聴かせつづけることによって、このような障害を避けることができます。マガモの胚子が発達するさい、神経系の低い周波数を受けもつ部分がまずできあがり、生まれる前後に高い周波数を受けもつ部分ができあがるのですが、高い周波数成分を聴く能力を充分に伸ばすためには、高い周波数成分を含むような音を聴く必要があるらしいのです。少し脱線しましたが、人間の胎児、乳児についても、さまざまな音を聴かせることによって、聴く能力が育つ可能性が大いにあることを強調しておきたいと思います。ついでに申しあげておきますと、見る能力を育てるには、赤ん坊に色々なものを見せる必要がありますが、どうもこの場合には、自分であちこち這いまわったり、自分で物を触ったりしながら見ることが大事であるようです。(テレビはこの条件に当てはまらないので、要注意です。)

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