音楽心理学への御招待1


中島 祥好

15 オクターブの話

前回の話で、赤ん坊や子ガモに対して、どのように実験を行うのか、不思議に思われた方がいらっしゃるかもしれません。赤ん坊は、「耳新しい」音のする方を見つめるので、赤ん坊の目を観察することによって、実験を行うことができます。また、子ガモは母鳥の鳴き声と、それ以外の(あるいは歪められた)鳴き声とを区別し、母鳥の鳴き声のする方に近づくので、二つのスピーカーから別々の音を出して、子ガモの行動を観察すれば、実験ができるのです。実験をするのも面倒ですが、結果の解釈はもっと面倒です。

 今回は、面倒ついでの話をしておきます。なぜオクターブ類似性が生ずるのか、と言う話題です。考えられる理由は少くとも二つあります。一つは倍音の存在に基づくものです。ヴァイオリンのGの開放弦は、196 ヘルツの基本音を含むと同時に、その1オクターブ上の 392 ヘルツ(= 196x2 ヘルツ)の成分を2倍音として含み、さらにその1オクターブ上の 784 ヘルツの成分を4倍音として含みます。このように、1オクターブないし2オクターブ離れた成分は、同時に出現することが多いので、1オクターブや2オクターブは「特別な関係」であることを我々の聴覚システムが学習している可能性があります。この種の考えかたを体系的にまとめられたのは、ビールの本場にあるミュンヘン工科大学のテルハルト先生です。先生の属しておられるのは電気音響学科ですが、これは私の勤めている九州芸術工科大学の音響設計学科と同じように、世界でも数少ない音響専門の教育研究組織の一つです。お国自慢になって恐縮ですが、食べ物や飲物が安くておいしい土地と音響の研究とは、相性が良いようです。(ミュンヘンも福岡も国粋主義の温床になったという、有難くない共通点もありますが。)

 オクターブ類似性についてのもう一つの考えかたは、初めのうち、ちょっと奇抜に見えるかもしれません。196 ヘルツの音というのは、1秒間に 196 回のくり返しをもつ音のことです。くり返しと言うのは、耳の中の気圧の変化のくり返しのことで、このような気圧の変化を、我々は「音」として聴くのです。(「気圧の変化」とは言っても、天気図に現れるような変化に比べればはるかに小さいものです。)この場合、我々の聴覚システムは、1/196 秒という気圧の変化の周期(くり返しの単位となる時間)を捉えます。ここで、1オクターブ上の 392 ヘルツの音について考えてみましょう。これは、1秒間に 392 回のくり返しをもつ音のことですから、周期は、1/392 秒です。我々の聴神経は、階段を普通に登るときのように、この周期の一回一回を捉えることもあれば、階段を一段抜かして登るように、一回分の周期を抜かして次の周期を捉えることもあります。一回分を抜かすと、階段の2段分をまとめて進んだことになり、周期が2倍に伸びたのと同じことになります。つまり 1/196 秒(= 1/392x2 秒)という周期が現れたのと同じことになり、聴こえのうえで、1オクターブ下の 196 ヘルツの音との類似性が現れるのです。実際には 1段抜かしだけではなく、2段抜かし、3段抜かしのこともあり、周期を抜かさずに進む場合も含めて、様々な進みかたが、現れます。例えば、「抜かさずに進んだあとは、3段抜かして、次は1段抜かして、また抜かさずに進む。」と言った感じです。196 ヘルツの音についても、1段抜かし、2段抜かしなどが生じます。このようなわけで、実際にはもう少し話が複雑になりますが、考えかたの基本は上に述べたことで充分でしょう。この種の考えかたを示されたのは、現在京都市立芸術大学で活躍しておられる大串健吾先生です。大串先生の思いつきは、世界中で高く評価されています。

ここに挙げた二つの考えかたのうちいずれが正しいのか、あるいはどちらも少しずつ当たっているのか、今のところよく分かりません。このような面倒な問題の研究に日夜とり組んでいる研究者が、世界のあちこちにいます。

←前へ 次へ→

音楽心理学への御招待1にもどる

トップページに戻る