音楽心理学への御招待1


中島 祥好

18 オクターブの話

オクターブの話のまとめをいたします。1オクターブ、あるいは2オクターブ離れた音が、同じ音名ないし階名で呼ばれるなど、心理的に近い関係にあることを「オクターブ類似性」と言う用語で表します。

オクターブ類似性は、カラオケで、高い音が出ないときに、1オクターブ下の音ですませるといった場面にも現れますが、それ以外にも、音楽の中に様々な形で生かされています。ベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア・ソナタ」では、もともとは鼻唄のようなメロディーが、数オクターブを存分に用いて示されているために、ピアノに秘められた様々な音色が見え隠れします。「偉大なる鼻歌」は、ベートーヴェンの得意技ですが、これをオクターブ類似性が支えています。

 もう一人、オクターブ類似性の活用という点で独自の境地に達しているのは、ムソルグスキーです。「展覧会の絵」のピアノ原曲の終曲では、「ティーンターンティーンタンティンターン」(CBbEbFBbG)と言う「プロムナード」のメロディーが最高音に現れますが、ほんの少しだけ遅れて1オクターブ下の音が鳴るので、まるで、ヨーロッパの古い街で教会の鐘のエコーが石畳に響きわたるような感じに聴こえます(譜例を御覧ください)。ここで、遅れて鳴る音を、1オクターブ下の音から同じオクターブの音に変えますと、単なる音符のくり返しとして聴こえてしまい、面白味がありません。1オクターブ下の音にすると、オクターブ類似性のおかげで、メロディーの音と関係があるように聴こえる一方、音色の感じなどがメロディーの音とは異なるので、メロディーの一部としてはつながらず、エコーのように聴こえるわけです。まことに心憎い隠し味と言うほかはありません。ラヴェルのオーケストラ編曲は、この曲の魅力を華麗に浮かびあがらせたものであると言われていますが、聴覚心理学の研究者としては、ピアノの限られた音を用いて、人間の聴覚の様々な可能性を徹底的に掘り起こした原曲のほうに、心を引かれます。

 音楽史の上でムソルグスキーのライバルに当たるチャイコフスキーも、オクターブ類似性の生みだす効果を「ヴァイオリン協奏曲」の独奏ヴァイオリン部にふんだんに用いています。こちらは、オーケストラと渡りあうヴァイオリンから火花が飛び散るような派手な効果です。

 オーケストラ曲などで、2種類以上の楽器、パートが1オクターブまたは2オクターブ離れて同じメロディーを奏することがよくあります。2種類以上の楽器、パートが、一つの楽器であるかのように新しい音色を作りだしていると見たほうがよい場合もありますが、そうではなく、異なる楽器、パートが、ある程度独立を保ちながら、同じメロディーを奏しているように聴こえる場合には、オクターブ類似性が働いていると見てよいと思います。この場合、メロディーに広がりや、高揚感が伴うことが多いようです。ブラームスの「交響曲第1番」2楽章には、天に向かって響きわたるようなヴァイオリン独奏のメロディーが現れますが、ここでは、同じメロディーを、1オクターブ下のオーボエと、2オクターブ下のホルンとが重ねて演奏しています。

 他にも、オクターブ類似性の面白い例が色々あります。ゲームのつもりで捜してみてください。(譜例:展覧会の絵、終曲「キエフの大門」、第95〜104小節))

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