音楽心理学への御招待1


中島 祥好

19 音脈の話

 バッハの無伴奏チェロ・ソナタは、大変演奏が難しいと言うことですが、一体どこが難しいのでしょうか。譜例1を見てください。私は、チェロの演奏技法については殆ど何も知りませんが、この曲などは、ある程度整った音を出すことだけを目標にするのであれば、少し心得のある人には恐れるほどではないように思います。ところがあるとき、音楽専攻の学生が、このメロディーはつかみどころがなく、どこをどう弾いたらよいか解らなかったと、音楽心理学のレポートに書いているのに出会いました。確かに、始まりの部分<GGDG>などは、ここだけを見れば月並みな伴奏パートのようで、みずみずしさも爽快さもありません。ところが、これをピアノのために譜例2のように編曲し、右手を思いきり歌わせて演奏すると、バロックのスタイルから見れば少しおかしなものになるかもしれませんが、生き生きとした音楽が現れます。どこが違うかと言えば、元のチェロの曲が、基本的に単旋律であったのに対し、ピアノ編曲版は二声になっている点が大きいでしょう。実は、バッハの元の楽譜にも、このような二声が隠れていて、それを浮き出させるように演奏することが可能です。素人が何を言うかと怒られそうですが、現に、ヨーヨー・マなどの一流演奏家の演奏を聴けば、そうなっています。

 演奏のポイントを私なりに想像すると、ピアノ編曲の右手に相当するメロディーのつながりをしっかりと感じながら弾くこと、左手に相当する音符は、はっきりと刻むような音色で、右手のメロディーとは区別して弾くことではないかと思います。ただ、チェロ用の譜面では一つしかない音符が、ピアノ用の譜面では二つの声部の両方に必要とされることもあり、これをチェロ一本でどう表現するかは、一流の演奏家でも苦労されるのではないかと想像しています。

初めの4つの音は、これをつながったメロディーとして解釈すると、月並みな伴奏のようになってしまいますが、実は、最初の2音と、次の2音とは別の声部に属していると考えられ、滑らかな右手のメロディーと、それと掛けあうように刻まれる左手のリズムとの対照が面白いのです。ここを聴いた途端に面白いと感じられるような演奏が求められます。楽譜を見たところ一つの声部しかないのに、作曲と演奏の工夫によって、二つ以上の声部を聴かせることが可能となるわけです。(このように、「種も仕掛も見えているのに、ひっかかる」ようなマジックが、偉大な芸術に共通に見られる技法である、と言うのが、酒を飲んだときの私の持論です。)

 一つの声部が二つに聴こえるような知覚現象は、「音脈分凝(おんみゃくぶんぎょう)」と呼ばれ、聴覚心理学の世界で最近非常に注目されています。

(譜例1:バッハ 「無伴奏チェロ組曲第1番」から「クーラント」から冒頭8小節) (譜例2:譜例1をピアノ用に編曲したもの。最初の4小節では、小節の2番め、3番めの音符が、元の音高を保ち、「左手」に割り当てられる。小節ごとに「DG」、「DG」、「CC」、「DD」となる。小節の3番めの音符(「G」、「G」、「C」、「D」)は4分音符に伸ばされる。もちろん、その分だけ休符が短くなる。それ以外の音符は、メロディーとして1オクターブ持ち上げられ、「右手」に割り当てられる。第2小節の始まりまでは「GG・BCDCBAB」となる。小節の始まりの音符は、4分音符に伸ばされる。続く4小節では、同様に「左手」、「右手」の振り分けがなされ、「左手」は、小節ごとに「AAD」、「GGC」、「DBD」、「G」となり、右手は「CBCACBCA・CBA」、「BABGBABG・BAG」、「F#ADG-F#」、「G」

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