音楽心理学への御招待1


中島 祥好

24 音の補完

最近は、コンピューターで様々な音を簡単に作ることができるようになり、音を使った楽しい遊びができるようになりました。その中でもすぐにできる遊びを紹介いたしますので、お好きな方は、是非お手持ちのコンピューターで、試してください。[GoldWave、CoolEdit 96 と言う、音で遊ぶための便利なシェアウェアもあります(Windows に対応しています)。MIDIのシーケンサーを用いることも可能でしょう。]

 まず、1000 ヘルツくらいの純音(時報のような音)を、400 ミリ秒間鳴らします(ミリ秒とは 1000 分の1秒を表す単位のことで、研究者はミリセカンドと呼ぶことが普通です。)。可能であれば、音の始まりや終わりを余り急激にせず、数ミリ秒くらいかかって音が出始め、同じく数ミリ秒くらいかかって出終わるようにします。これは、余り急激に純音が始まったり、終わったりすると、カッというような音が聴こえて、実験の邪魔になることがあるからです。この純音を、純音1と呼びます。純音1の直後に、次のような4つの純音を、同時に 150 ミリ秒間鳴らします:


   純音1より1音半低い純音、

   純音1より半音低い純音、

      純音1より半音高い純音、

   純音1より1音半高い純音。

一つ一つの純音の強さは、純音Aよりもかなり強めにします。この4つの純音を同時に鳴らしたものを、和音2と呼びます(和音と呼ぶのはおかしいかもしれませんが)。和音2は、1音間隔で並んだ4つの純音からできており、その音の高さの中心が純音1の位置に当たりますが、純音1そのものは含んでいません(近似的には、純音1が、ト音記号の上にはみ出したBの音に当たり、和音2は、そのまわりのAb、Bb、C、Dに当たります。)。和音2も、できれば数ミリ秒くらいかかって出始め、また出終わるようにします。和音2の直後に、再び純音1を 400 ミリ秒間鳴らします。結局、次のように音を出すことになります:


     (純音1) −(和音2) −(純音1)

            400 ミリ秒   150 ミリ秒   400 ミリ秒。

 このパターンを繰り返して聴いていると、面白いことに気づきます。純音1は、ほとんど始めから終わりまで鳴り続けており、まん中に 150 ミリ秒の中断を挟んでいるわけですが、多くの場合、この中断があるようには聴こえず、純音1がパターン全体の始めから終わりまで切れ目なく鳴り続けているように聴こえます。150 ミリ秒と言う時間が余りにも短いからだと思われるかもしれませんが、音楽ではもっと短い音符がいくらでも出てくるわけで、聴覚システムにとって、捉えきれないくらい短い時間ではありません。和音2を取り除いてしまうと、今度は、はっきりと中断したことが聴き取れます(聴き取れないときには、スピーカーに近づくか、ヘッドホンを使うかの、いずれかを試してください。)。この簡単な実験で、和音2が、純音1に中断のあることをおおい隠していたことが解ります。仮に、和音2のあるところで、純音1が本当につながっていたとしても、和音2がある程度強い場合には、純音1が聴覚上かき消されてしまい、「つながっているのか/いないのか」、よく判らなくなってしまいます。ところが、我々の聴覚システムは、充分な情報が与えられていないにもかかわらず、「つながっている」との判定を下すのです。

 考えてみれば、充分な情報が与えられないままに、私たちの聴覚システムや視覚システムが、素早い判定を下すことは、よくあります。毛布をかぶって寝ている人が突然浮き上がると言う手品がありますが、この種明かしをすると、寝ているはずの人が、自分の足の模型をもち上げながら、毛布の中で立ち上がるのです。私達の視覚システムは、頭と足とのどちらも同じ人の体の一部であるという判定を、不完全な情報を手がかりに下してしまい、おかげで、明らかにおかしいことが生じてしまうわけです。しかし、このような早呑み込みの判定は、日常生活においては、それほど支障を生じません。それどころか、環境に素早く適応するために必要ですらあります。純音1が、中断しているにもかかわらず、つながったものとして聴こえるのも、このような早呑み込みの例です。視覚システムや、聴覚システムが、欠けている情報を補うので、このような現象を「補完現象(補間現象)」と呼びます。

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