音楽心理学への御招待1


中島 祥好

3 調性の話

 前回は、ニ長調の音階やカデンツを鳴らした後には、D、A、F#と言った「プローブ音」がよく当てはまり、Gなども悪くないと言うことを申しましたが、ト長調の文脈には、G、D、Bがよく当てはまり、Cがそれに次ぎます。Dはこの二つの調に共通してよく当てはまっており、Gもまあ共通していると考えてよいでしょう。ニ長調とト長調とは、プローブ音の当てはまり具合いが、よく似ています。ところが、変イ長調の文脈によく当てはまるのは、Ab、Eb、C、少し落ちてDbとなり、最後のDb(=C#)を除いて、ニ長調の文脈に当てはまりの悪いものばかりです。Dbの当てはまりも良いわけではありません。つまり、ニ長調と変イ長調とは、プローブ音の当てはまり具合いが全く似ていません。ニ長調に対して、ト長調は近いが、変イ長調は遠いと言うわけです。クラムハンスル先生は、こんな実験データを得意の数学でちょいとひとひねりして、調と調との位置関係を表す地図を作りあげました。その地図を見れば、ニ長調に心理的に近いのは、ト長調、イ長調、ニ短調、ロ短調と言う近親調であることが読み取れます。ほかに、嬰ヘ短調も近いようです。

 調の地図を描くと言うことは、かのシェーンベルク大先生が思いついています。しかし、それを科学のルールに従って検証することは、また別の話です。「調性は音楽的文脈の中にあり、調性を見るには、文脈にどの音が当てはまり、どの音が当てはまらないかを調べることが有効である。」と言う明快な考えかたに御注目ください。この話を聞く前に「調性と言うのはどこにあるのですか。」と聞かれて、ここまで明快に答えられた方は多くないでしょう。

 シェーンベルク大先生の調の地図は、測量法の発達していない時代に描かれた古地図のようなものです。もちろん、近代的な測量法を知らなかったからこそ、調性をなくすなどと言う大胆なことを思いつかれたのかもしれません。プローブ音法があれば、無調音楽の「調性」について論ずることも可能になってしまい、まずいことになります。ベルクなどは、十二音技法の作品に、かなり意識的に調性を埋めこんだとのことですが、彼の音楽について考察するには、プローブ音法が役立つかもしれません。

 十二音技法の基礎となるのは、12の音名を作曲者の決めた順序に並べたもの、すなわちセリーです。セリーを作る規則は簡単で、一度使った音名は二度と使わないと言うことだけです。曲の進行につれて、元のセリーはさまざまに変形されますが、「一度使った音名は、12の音名を一巡りするまで二度と使わない。」と言う規則は守られます。大先生には失礼かもしれませんが、十二音技法の発想は、驚くほど単細胞的です。不思議なのは、これが、並外れた知性を持った作曲家たちを引きつけたと言うことで、何か隠れた理由があるに違いありません。

 ここでもう一つ、クラムハンスル先生の実験を紹介しておきます。シェーンベルク大先生の「弦楽四重奏曲第4番」には次のセリーが用いられています:D、C#、A、Bb、F、Eb、E、C、Ab、G、F#、B。このセリーの、初めの9音を順番に鳴らした後に、プローブ音を鳴らします。被験者は、「無調音楽として聴いたとき、」プローブ音がどのくらいその文脈によく当てはまっているかを答えます。実験結果を見ると、被験者は、答えかたの違う2つのグループに分かれました。第一グループでは、当てはまりの良いプローブ音が、G、B、D、F#などであるのに対して、第二グループでは、Ab、C、E、Aの当てはまりが良いと出ました。第一グループの被験者は、セリーの中でまだ一度も使われていない音名がプローブ音に用いられたときに、当てはまりが良いと感じたわけですが、第二グループの被験者は、プローブ音の直前付近で用いられた音名が、くり返して現れたときに、当てはまりが良いと感じています。第一グループの人だけが、十二音技法に合わせた聴きかたをしているわけですが、このグループの被験者は、正規の音楽教育をより多く受けており、無調音楽に関してもより多くの経験を持つ、との傾向が見られました。十二音音楽の聴きかたも、教育によって磨かれる可能性があるわけです。

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