音楽心理学への御招待1


中島 祥好

30 日本語の歌

 北原白秋、山田耕筰のコンビは、数々の名曲を生み出したことで知られています。どちらも強くヨーロッパに憧れた芸術家であり、山田耕筰は日本歌曲のドイツ・リート化路線を押し進めた責任者の一人でもありますが、二人とも日本語の美しさを感ずる鋭い耳の持ち主であったため、言葉と音楽との絶妙な組合せを実現しました。明治以降の日本人は、欧米の様々な物を日本の風土に合わせて取り入れ、あんぱん、とんかつ、ラムネと言った、最高級ではないけれども、日本人なら誰でも郷愁をそそられるような食べ物や、飲物を発明しました。白秋、耕筰の歌曲はどうも、これに似ているようです(あんぱんが本物のクロワッサンほど上等なパンではないと文句を言うのが野暮であるように、白秋、耕筰のコンビが、ハイネ、シューマンのコンビほど偉大ではないとこぼすのも野暮と言うものでしょう。なお、白秋個人を見るならば、世界に誇るべき詩人です。)。

 「からたちの花」は、このコンビが作った曲の中でも人気が高い名曲です。この曲の素晴らしい点は、「からたちの花が咲いたよ/白い白い花が咲いたよ」と、お話をするようなリズム、抑揚が、そのまま美しいメロディーに生まれ変わっていることです。

 日本語のリズムは、モーラと呼ばれる基本的な時間の単位から成り立っています。モーラと言うのは、多くの場合仮名一文字に当ります。「鉄道唱歌」の歌詞を例にとると、「汽笛一声」が7モーラ、「新橋を」が5モーラ、「はや我汽車は」が7モーラ、「離れたり」が5モーラとなります。「汽車」の「しゃ」は仮名で書くと2文字ですが、時間の単位としては1モーラです。「一声(いっせい)」の小さな「っ」や、「新橋(しんばし)」の「ん」は、それだけを発音することが不可能であったり、難しかったりしますが、それでも一定の時間を取るので、1モーラに数えます。このように、はっきりとした時間の単位があるおかげで、「鉄道唱歌」の七五調などが可能になるわけです。七五調の日本語歌曲が多いことはご存じの通りで、「荒城の月」、「われは海の子」、「鳴呼玉杯に花うけて」、「戦友」と言ったぐあいに、さまざまなタイプの曲があります。「蛍の光」にいたっては、スコットランドのメロディーに七五調の歌詞が付いています。ただし、七五調の歌詞に付けられたメロディーは、七五調の詩を朗読するときのリズムを直接反映しているとは限りません。

 「からたちの花」の歌詞は、五七調に近いリズムです。五七調は、最近ではあまり人気がありませんが、万葉の時代には幅広い支持を集めたリズムです。「からたちの花」では、日本語を喋るときのモーラ単位のリズムが、そのままメロディーに生かされており、八分音符が各モーラに割り当てられています。歌詞の行の切れ目では、音符が伸ばされていますが、これは、詩を朗読するときにも、行の切れ目で余韻やポーズを入れることに対応しています。このようなリズムのおかげで、歌詞の内容がすんなりと伝わってきます。

 初めの2行の中では、「白い白い花が咲いたよ」の「花(はな)」の「な」が引き伸ばされているところだけが、モーラ単位から大きくはみ出しています。ここでは、「花」に対する素直な感動が伝わってきます。モーラの単位からはみ出すことによって感動、驚き、強調などを表すことは、日常の会話でもよくあります。「すっごく」、「ウッソー」などの女子大生用語がよく知られていますが、「お願いしまーす」、「なーーんもわからん」など、それ以外の例もたくさんあります。このような表現はもともと文字で表しにくいことにご注意ください。例えば「すっごく」は、「すぅーっごぉく」と書けるくらいに引き伸ばされることもあります。いずれにせよ、モーラと言う確固たる枠組みがあるおかげで、そこからはみ出す部分が、はっきりと強調されるわけです。「白い白い花」と言う表現では、「白い」が繰り返された直後に「花」が強調されるので、大変効果的です。

 モーラの単位をそのまま生かした日本語の歌には、「どんぐりころころ」、「夏の思い出」などの広く親しまれている曲がありますし、「愛の賛歌」のように、シャンソンに日本語のモーラがぴったりと当てはまり、訳詞で親しまれている例もあります。訳詞と言えば、カラオケで人気のある「マイ・ウェイ」にも日本語のモーラがよく当てはまっています。

 会話における、日本語のモーラは、0.09秒から0.25秒くらいの長さを持ちます。歌曲においては、メロディーを響かせ、音楽的なリズムを組み立てるために、どうしてもそれよりは長い時間が必要ですが、あまり長くなりすぎると、言葉の意味が解りにくくなってしまいます。この辺りのバランスのよく取れた歌曲が、皆に口ずさまれるのではないでしょうか。

 次回は、「からたちの花」について、もう少し考えてみます。

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