音楽心理学への御招待1


中島 祥好

7 音階の話

前回と前々回とで数字がたくさん出てきましたから、今回は少し数字を控えます。音階に用いる音の周波数を決めるのに、純正律と12平均律と言う二種類の音律があると言う話をいたしましたが、音律は他にも山ほどあります。どれが正しいかを決めることはできず、結局は「趣味の問題」です。ところが、現在では12平均律が絶対に正しいと思いこんでおられる方がかなり多いようです。本人にそのつもりがなくても、当てがいぶちの音律で調律してもらった鍵盤楽器を何の疑問もなく弾いておられる方、無伴奏の合唱曲の音程をピアノに合わせて決めている方は、そう思いこんでおられることになります。中には、鍵盤楽器の調律くらい、音楽的に鋭い耳の持主であれば、誰にでもできるなどと考えておられる方もいらっしゃるようです。

 ところが、この調律という作業は、一筋縄ではゆきません。「ドレミファソラシド」の長音階で、「ドミソ」、「ソシレ」などの長三和音を澄んだ響きにしようとすると、メロディーを演奏したときに「ミファ」や「シド」などの半音の幅が広くなりすぎて、滑らかにつながりにくいことがあります。「ドレドシド」どいうメロディーを演奏するときには、「シ」の音を高めにするときれいに聴こえるのですが、そうすると「ソシレ」の和音が濁ってしまいます。まさに「あちらを立てれば、こちらが立たず」で、音階のそれぞれの音の周波数は、時と場合によって変化してくれるほうが都合がよいと言うことになってしまいます。それを、あえて固定せざるをえないのが鍵盤楽器の宿命です。12平均律などと言うものは、「あちらを少し立て、こちらも少し立てる」と言う、妥協の産物なのです。ついでに言っておきますが、ピアノの音の1オクターブの間隔は、周波数の比率が1:2となる物理的に正しい1オクターブよりも、僅かに広くする必要があります。さまざまな理由により、私たちの耳にはそのほうが自然に聴こえるのです。調律師は、微妙な妥協を成立たせるために、耳を精密な測定器として用いる必要があり、特別に訓練された耳を必要とします。

 12平均律のピアノで「ドレドシド」と言うメロディーを弾くとき(純正律の場合よりはましですが)、導音である「シ」の音が少し低すぎるので、音と音との滑らかなつながりが損なわれがちです。ヴァイオリニストや声楽家は、「シ」の音をチョイと高めにすることができますが、ピアニストは、独自の対策を立てなければなりません。メロディーをできるだけレガートでつなぐとか、最後の「ド」を強く叩きすぎないとか、滑らかさは諦めるとか、色々と手はあるだろうと思います。一方、「ソシレ」のような長三和音を同時に鳴らすとき、12平均律の楽器では、第3音の「シ」がほんの少し高すぎて目立ちすぎる可能性があります。ここでは、「シ」を強く弾きすぎないなどの対策が必要になるかもしれません。ピアニストは、「12平均律という妥協」の後始末をつけなければならないのです。

 パイプオルガンの場合には、音の微妙な強弱がつけにくく、鍵盤を離した後もかなり長い残響が残りますから、このような後始末をつけよと言われても難しいはずです。そのうえ、パイプオルガンの豊富で正確で、しかも安定した倍音は、私たちの耳を、周波数の違いに対して大変敏感にします。その結果、パイプオルガンにおいては、「12平均律という妥協」が成立ちにくく、古典的な(昔の)音律が保存されていることが多いのです。この場合、演奏する楽曲の調によって独特の色彩が生じ、古風な魅力が出てきます。例えば、ニ長調のカデンツを弾いただけで、クリスマスのようなめでたい、ありがたい響きがします。しかし、「あちらを立てたから、こちらはだめ」と言うことになり、演奏できる楽曲の種類が限られてきます。

 1オクターブに12個しか鍵盤がないために、鍵盤楽器には必ず何らかの妥協や制約が生ずるわけで、鍵盤奏者はこのことを常に意識する必要があるでしょう。子供にピアノを教えるときにも、「ドレドシド」の「シ」が低すぎるかもしれないと言う問題点を知っているかどうかで、教えかたが変わってくるのではないでしょうか。

それでは、鍵盤楽器の鍵の数を1オクターブに12個よりもうんと増やしてみれば、と考えることもできそうです。そのような試みはいくつかあります。例えば、波動の研究において、イギリスのニュートンをも凌ぐところがあったと言われる、オランダの物理学者ホイヘンスは、1オクターブに31個の音を含む「31平均律」を提唱し、この音律を用いた鍵盤楽器まで開発しています。私も、コンピューターでこの音律を作ってみましたが、率直な感想は、これだけの数の音の高さを、演奏者が全部間違いなく聴き分けるのはまず無理だろうと言うことです。また、複雑な鍵盤に素早く指を置いてゆくのは至難の技でしょう。とは言っても、周波数の正確な測定もできず、もちろん電卓も使えなかった時代に、ここまでやったホイヘンスはさすがです。

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