音楽心理学への御招待1


中島 祥好

8 音階の話

 12平均律を用いることの利点の一つは、2つの音の音程が半音いくつ分と言うことさえ決まれば、周波数の比率が決まってしまうことです。と言うことは、ある音楽を、鍵盤の上でそっくり半音上や半音下にずらしても、音と音との周波数の比率が、そっくりそのまま保たれ、基本的には同じ音楽が鳴り響くことになります。つまり、12平均律のもとでは、移調、転調を安心して行うことができます。ところが、純正律のもとでは、そうはゆきません。このような理由で、純正律を始めとする古い音律における、和音、重音のまとまりの良さ、澄みきった美しさを犠牲にしても、12平均律が広く用いられるようになったと言われています。

 純正律と12平均律との違いは、音階の音を順番に演奏するだけでは、それほどはっきりとは感じられませんが、長三和音を鳴らすとかなりはっきりと判ることがあります。ただし、このことを示すには、倍音を豊富に含み、周波数が安定している楽器を選ぶほうがよいでしょう(例えば電子楽器の「フル・オルガン」)。純正律の和音に比べると、平均律の和音は、どことなく濁っているように聴こえることが多いようです。その理由は、次回に詳しく御説明いたします。

 現在では電子楽器の製造技術が進み、純正律や古典的音律を手軽に体験できるようになりました。ところが、現代人の耳は、12平均律に合わせて訓練されてしまっているらしく、それ以外の音律はどこか間違っているように聴こえがちです。音楽家に、ヴァイオリンや声で、できる限り正しく音階を演奏することを求めると、12平均律に極めて近い音階が得られるということは、私も、人の研究を手伝っていて体験したことがあります。

 12平均律の歴史は、それほど古いものではありません。バッハの「平均律クラヴィーア曲集」の「平均律」が実は誤訳で、バッハは平均律を用いていなかったと言うことが、最近しきりに強調されています。これが本当なのか、そもそも当時の調律技術がどのくらい精密なものだったのか、私には判断できませんが、正しい音程と言うものが時代、文化によって、かなり簡単に変わるものであることは確かなようです。また、音楽的な文脈も無視できず、前回述べたように、主音の直前の導音は、純正律や12平均律において指定された周波数よりも、高い周波数になる傾向があります。このような演奏の傾向を近似的に捉えるには、「ピタゴラス音律」と言う音律が使えることもあるようです。この点について、現在、京都市立芸術大学で、大がかりな心理実験が進められています。

 以下に、純正律と12平均律とにおける、ト長調の各音の周波数を表にしておきます。ここでは、G(ド)の周波数が、ほぼ完全に一致するように純正律の基準となる周波数を選びました:

音名階名純正律における
周波数 [ヘルツ]
12平\ 均律における
周波数 [ヘルツ]
392.00392.00
441.00440.00
490.00493.88
ファ522.67523.25
588.00587.33
653.33659.26
F#735.00739.99
784.00783.99 *
(*ここで二つの値が一致しないのは計算誤差のためです。)

二つの音律の違いが目立つのは、B(ミ)、E(ラ)、F#(シ)の3つの音で、いずれも純正律のほうが低い周波数になっています。ただし、この周波数の違いは、平均的な耳の持ち主が二つの音を聴き比べたときに、辛うじて違いが判る、と言う程度の小さなものです。

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