音楽心理学への御招待1


中島 祥好

9 唸りと不協和の話

ときどき間違える方がいらっしゃるのですが、「唸り」は「うなり」であって「うねり」ではありません。12平均律では、392.00 ヘルツの音と 493.88 ヘルツの音とが、G、Bと名付けられ、ト長調の主和音の根音、第3音になります。この二つの音を、ヴィブラートの全くないヴァイオリン、またはフル・オルガンによって同時に鳴らしたとしましょう。そうすると、それぞれの音にたくさんの倍音が生じます。ここで、Gの5倍音と、Bの4倍音とに着目します。どちらの倍音も、音名を当てはめればBになりますが、それぞれの周波数は、

 392.00 x 5 = 1960.00 ヘルツ、
 493.88 x 4 = 1975.52 ヘルツ

となり、15.5 ヘルツくらいの違いが生じます。この違いが曲者なのです。15.5 ヘルツの違いは、1秒間に15回半の「唸り」を生じます。つまり、ブルブルという音の強弱の周期的な変化が、1秒間に15回半の割合で起こります。この唸りが、私たちの耳には「粗さ」、「濁り」として聴こえ、G、Bが形作る長3度の澄んだ感じを損なってしまうのです。

 さて、ト長調の純正律ではどうなるでしょうか。音階の話で述べましたように、長三和音の根音と第3音との周波数は4:5の比率になるはずです。Gの周波数が 392.00 ヘルツであるならば、そのすぐ上のBの周波数は 392.00 x (5/4) = 490 ヘルツとなります。先ほど、12平均律について考えた時のように、Gの5倍音と、Bの4倍音とに着目いたしますと、それぞれの周波数は、

 392.00 x 5 = 1960.00 ヘルツ、  490.00 x 4 = 1960.00 ヘルツ

となり、等しい値になります。これは、計算の経過を見れば当り前のことです。周波数の差がありませんので、先ほどのような唸りは生じません。したがって、耳には「粗さ」、「濁り」が感じられず、長3度の澄んだ響きが保たれます。

 もっとも、12平均律を使いますと、唸りのせいで、和音に広がりや豊かさが感じられると言う一面もあるようで、唸りが汚いと一概には言いきれません。唸りが音楽的に重要な役割を果たすことも珍しくありません。電子楽器では、わざと唸りを出して、音に厚みや、柔らかさを与えることがよくあります。また、西部劇に出てくるピアノでは、一つの音に対して2本または3本の弦が使われている場合に、それらの弦がわずかに異なった周波数で振動する(つまり、基本音の周波数がわずかに異なる)ので、弦と弦とのあいだに唸りが生じて、独特のとぼけた音色を出しています。本物の西部劇の時代には、ろくに調律もしないピアノが、たまたま、と言うより当然の結果として、そのような音色を生みだしたのでしょうが、現在では、わざわざ少しずれた調律を施してとぼけた音色を作るようです。調律をわざとずらせて、唸りを出すと言うことは、インドネシアのガムラン音楽にも見られ、この場合には、端正なヴィブラートのような効果が得られます。

 私たちは、490.00 ヘルツと493.88 ヘルツのように、周波数が少しだけ違う二つの音を別々に聴かされても、音の高さの違いは、判るか判らないかと言うところです。ところが、この二つの音を同時に鳴らすと、はっきりと唸りが聴きとれます。つまり、音の高さの違いよりも、唸りのほうが耳にはよく判ることが多いのです。この唸りを音楽の味付けに使うわけです。

 ついでにヴァイブラフォンの話をしておきましょう。この楽器は、鉄琴の一つ一つの音板の下に共鳴管のついた楽器です。この共鳴管が周期的に開閉する仕組みになっているので、周期的な音の強弱がついて「フワウワンワンワン−−」という、クールで大人の魅力を秘めた音が出ます。ここでは、本物の唸りが生じているわけではありませんが、唸りと似たような現象が生じていると考えることができます。(このことをきちんと理解するには、高校程度の三角関数の知識が必要です。)ヴァイブラフォンは、人間がわざわざ唸りのような音を求めて巧妙な仕組みを発明した例です。

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