音楽心理学への御招待2


中島 祥好

10 リズムの話

 日本語と英語とは、全く異なるように見えるのに、「時間的規則性」と言う共通の基盤を持っていることをお話しいたしました。これと同じような関係を、異なった種類の音楽のあいだにも見ることができます。モーツァルトの音楽について、時間的規則性が突然消失し、また戻ってくるような例を以前に取りあげました。今回は、「神童」であること以外にはモーツァルトとあまり共通点があるようには見えない、ジミ・ヘンドリックス(いわゆる「ジミヘン」:たぶんアメリカ生まれですが、イギリスを中心に活躍しました。筋金が101本くらい入った、ロックの神様で、死後も人気が高まり続けています。)の、「ストーン・フリー」と言う曲を取りあげます。この曲の後半では、速めのテンポでぐんぐんと音楽が突き進んでゆくのですが、ときどき、「いち と に と −−−」の「と」に当たる「裏打ち」の音が、突然に拍の頭を示す「表」の音のように強く演奏され、それに対抗しうる「本当の表」の音がなくなってしまいます。すると、「とー とー とー」が「いち に さん」に入れ替わったように聴こえ、それまでにできあがった時間的規則性が、たちまち崩れそうになります。ところが、元の「表打ち」のパターンがすぐに復活し、規則性が破壊されるめまいのような感じから、突き進むような音楽に引き戻されます。これぞ「Stone free 文句は言わせねえ」の世界です。モーツァルトにせよ、ジミヘンにせよ、時間的規則性を崩してしまいそうな「いたずら」を仕掛ける点は似ているのですが、裏打ちを無理やり表に引き出すと言うジミヘンのやりかたはいかにも強引です。しかし、元々の規則性が復活したときに、体操競技などで「◎回転※ひねり」が見事に決まったときのような快感があると言う点で、モーツァルトにもジミヘンにも共通するものがあります。

 このように、並べて比較されることの少ない二人の音楽家を、あえて一緒に取り上げたのは、奇をてらったわけではありません。同じように人間が聴く音楽である以上、ジャンルが異なっても、どこかに同じ聴覚の仕組みが働くはずだと言いたかったのです。日本語と英語とを比較したのも、系統の異なった言語にも、共通する知覚の法則が反映されているかもしれない、と言うことを示したかったからです。聴覚心理学の世界では、文化の違いを超えた、一般的な傾向について考えることが多いので、そこで得られた結果が、音楽のジャンルや、言語の種類の違いを乗り越えて適用される可能性が高いと言えます。これが、音楽心理学を学ぶ一つの効用ではないかと思います。音楽家や音楽学習者の皆様に、ジャンルの違いにこだわりすぎず、同じ音楽として、モーツァルトにもジミヘンにもつき合っていただくきっかけができればと思います。

 ただし、物事には裏表があります。このように、文化の違いや、個人の性格、能力の違いを軽視した物の見かたは、芸術作品に対してはあまりにも軽薄なものになる可能性があります。私は、そのことに対して反論しようとは思いません。

 音楽に限らず、もっと困ったことも起こります。ある日食べたカニの味が忘れられない、と言うような経験は、誰にでもあると思いますが、ここで、カニの味をいくら実験心理学的に分析しても、思い出すたびによだれが出てくるような、その日の特別な体験を理解することはできません。その日の状況を再現する手だてがないからです。

 このように、実験心理学の手法には限界があることをわきまえたうえで申しあげるのですが、普段つきあう音楽の種類が増え、楽器の種類が増え、音楽を聴いたり演奏したりする場所や機会も増えつつある現代において、音楽のありかたを総合的に考えるための手段として、音楽心理学の存在意義があるのではないかと思います。私自身は音楽心理学の専門家ではありませんので、これは決して手前味噌の意見ではありません。まあ、とんかつ屋のおっさんが、肉屋のコロッケのことをほめるくらいの感じでお聞きください。

 今回の後半は脱線いたしましたので、ついでに、私の専門である聴覚心理学の研究において音楽がどのように役立つかを述べておきます。音楽には、聴覚の限界に挑戦する面があります。ジミヘンのアクロバットのようなリズムがその例です。このようなリズムを聴くと、「時間的規則性」の働きを強烈に感ずることができます。そして、これをヒントにして知覚実験を行うことができます。つまり、音楽は、いつでも見学させてもらえる壮大な実験室とも言えるのです。もう一つの音楽の効用として、音楽の演奏、鑑賞が、音の細部をはっきりと聴き取り、記憶する訓練になるという面があります。音は、現れたとたんに消えてしまうので、それについて研究するには、音に対してできるだけ鮮明なイメージを持ち、できるだけ多くのイメージを記憶するような訓練が必要です。これには、音楽演奏の経験がかなり物を言うようです。視覚心理学の研究者に日曜画家が多いと言うような話は聞いたことがありませんが、聴覚心理学の研究者にはアマチュア音楽家が多いようです。

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