音楽心理学への御招待2


中島 祥好

13 リズムの話

 四拍子を「1と2と3と4と」と言う具合に数えることがあります。このとき、「{(1と)(2と)}{(3と)(4と)}」と言う具合に、一小節が「階層化」しています。「階層化」などと言うと随分ややこしそうですが、日本全体が、都道府県に分かれ、都道府県が市町村(東京都区内では区)に分かれ、さらに小さな地域に分かれているのは、階層化の典型的な例です。あるいは、お役所の組織などが、局、部、課、係と言うように次第に細かく分かれているのも階層化の例です。お役所の階層秩序が厳しいことは有名で、私の属している大学も国立大学ですから、これを身にしみて感ずることがあります。もう時効になったことで、現在の職員とは関係のない話ですが、廊下の非常ベルが突然鳴り出したので、ある部署に電話で知らせたところ、「ここは非常ベルの担当ではありませんので」と言われて困ったことがあります。非常ベルが鳴っているときには、何課、何係の担当と言うことが、決まっていて、担当の違うところでは取り扱ってもらえないと言うのが、お役所の階層秩序です(これではいけないと思う、ガッツのある役人もたくさんいるようなので、今後の変化に期待しています)。もし、非常ベルの取り扱いに問題が生ずると、直接の担当者と、それを監督する係長、課長が責任を取ることになり、他の部署に責任は及びません。「長」と名のつく人は、上位の長になるほど責任の範囲が広くなるので、気楽に仕事をすることができなくなります。4拍子の場合は「(1と)」あるいは「(2と)」がそれぞれ「係」であると考えることができます。係の先頭にくる「1」、「2」は「係長」です。「{(1と)(2と)}」は「前半課」で、「1」はその「課長」を兼ねます。「{(3と)(4と)}」は「後半課」で、「課長」は「3」です。さらに、小節全体が「部」になり、「1」は「部長兼課長兼係長」と言う超多忙な役目を果たすことになります。

 このような拍子の階層化において重要なことは、いつも「偉い」単位のほうが時間的に先にくると言うことです。「(1と)」の中では「1」が偉く、「{(1と)(2と)}」の中では、「2」よりも「1」のほうが偉くなります。拍子の階層の中では、ある時間的なまとまりの中で、一番重要な要となる単位は、いつも先頭にきます。この「偉さ」の順は、4拍子の中に実際の音符を当てはめてリズムやメロディーを作るときに、重要な役割を果たします。いま「1と2と」のところに2拍分の音符が入ると、この音符の中で一番偉いのは始まりの「1」です。始まりのところに偉い部分がくると、リズムは丸く納まります。ところが「2と3と」のところに2拍分の音符が入るときには、始まりの部分の「2」よりも偉い「3」が音符の途中にきてしまいます。2拍のまとまりの中で一番偉い部分が始まりにならず、言わば、全体をまとめるだけの権限を持たない人がリーダーとなって、2拍分のチームが生まれたような感じになります。「2」は一時的に「3」から権限を譲り受けたことになります。これが、イギリスのクリストファー・ロンゲット=ヒギンズ、クリス・リーの両先生が定義する「シンコペーション」です。余談になりますが、このお二人のうちリー先生は、「玄人はだし」と言うような言葉では表しきれないくらいの、ピアノの名手です。一方、ロンゲット=ヒギンズ先生は、(私がお会いした時点では)絵に描いたような温厚な老教授で、リズムの研究が趣味で、その趣味だけで生きているようなうらやましい方です。このお二方は、「シンコペーション」の定義に10年近くをかけるような息の長い研究を続けておられ、イギリスの底力を感じます。(我が国がバブルで浮かれていた頃、イギリスを「斜陽国」と呼ぶ失礼な日本人がいましたが、お城が焼けても、香港を失っても、イギリスではこのような学者が活動を続けています。)

 このようにシンコペーションを定義すると、1拍半の音符と半拍の音符とが合わさって小節前半の2拍を占めるとき、「1と2」プラス「と」と分かれる場合が圧倒的に多いことが説明できます。「1」プラス「と2と」と分かれると、2つ目の音符でシンコペーションが生じてしまうからです。「123」という3拍子の小節を、2拍の音符と1拍の音符とに分けるときに「12」と「3」とに分けると丸く納まりますが、「1」と「23」とに分かれると、「23」のところで、始まりの「2」と同じくらいに偉い「3」が途中にくるので、「2」は音符全体を率いるには少し納まりが良くないことになります。この例はシンコペーションとは言えませんが「シンコペーションの一歩手前」と言うところでしょうか。両大先生の努力のおかげで、このような突っ込んだ考察ができるようになりました。

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