音楽心理学への御招待2


中島 祥好

15 リズムの話

 リズムには、規則性や階層秩序があるというお話を続けてきました。それでは、わたしたちの知覚システムは、なぜ、規則性や階層秩序を好むのでしょうか。これについては、想像力をたくましくする以外にありません。したがって、以下の話は、学問的に厳密ではありません。けれども、音楽心理学、聴覚心理学などに興味を持つ人が、必ず考えておかないといけないことでもあります。そして、リズムの本質に関わる問題として、音楽に関心のある全ての方々にとって重要な事柄であるはずです。

 話し言葉も、音楽も、時間とともに変化する音の信号です。言葉やメロディーを、じっくりと眺めまわすことはできません。一度出た音は、たちまち消え去ってゆくからです。なぐり書きの文字やかすれた文字が読みにくい場合には、前後の文脈を頼りに、じっくりと解読にかかることができますが、話し言葉ではそのようなことはできません。そこで、話し言葉では、様々な工夫が必要です。電話でこちらの電話番号を相手に伝えるときのことを、考えてみてください。ほとんどの人は、「それでは番号を申し上げます」などと前置きをして、まず相手の注意を引きつけ、規則的なリズムで「さん、いち、よん、の−−−」と番号を言うでしょう。ここで、前置きがなかったり、「さん、いち、ええと、よん、の、ああー−−−」などと規則的なリズムをくずされたりすると、聞く側では混乱して、いらいらすることになります。ここで、相手をいらいらさせずにメッセージを伝えようとする心遣いは、音楽の演奏で、大事なフレーズをしっかりと聴き手に伝えようとする努力に通ずるものがあります。一つの音をじっくりと聴くことは、決してできません。音は、次々に出ては消えてゆきます。規則的なリズムがあったり、同じメロディーや同じ言葉のくり返しが適当にあるおかげで、安心してメッセージを聴き取ることができるのです。ただし、規則的なくり返しさえあればよいわけではありません。規則的なくり返しにのせて、次々に新しいメッセージが伝えられたり、適当にテンポが変化したりするところも重要でしょう。

 さて、電話番号の例に戻りますが、電話番号が全部で10桁ある場合、立て続けに10個の数字を言うことはせず、2〜4個くらいの数字からなるグループに分けて伝えます。これについては、もちろん市外局番、局番、電話機の番号と言う区別のあることが大きな理由ですが、もう一つ、そのように小分けにしたほうが覚えやすいということがあるでしょう。もし、30桁の番号を覚えなければならないとすると、どうするでしょうか。多くの人が、まず30桁全体を2〜5個くらいのまとまりに分けて、更にそれぞれのまとまりを、2〜5個くらいのまとまりに分けようとするのではないでしょうか。全体をいくつかのまとまりに分け、更に小さなまとまりに分けること、つまり「階層化」は、人間がたくさんの部分からなる対象を把握し、記憶するために必要なことであるように思われます。「じゅげむじゅげむ−−−」を覚えたり、円周率(π)を100桁覚えたりするときにも、事情は似ていると思います(私には経験がありませんが)。音楽を演奏するときには、どこからどこまでが一つのまとまりであるのかをはっきりと伝える必要があることは、ご存じのとおりですが、その理由の一つは、聴き手の頭の中でリズムが階層化されることを助ける必要があるからだと思われます。未熟な音大生のピアノ演奏などで、「息継ぎ」がないために聴いている方が疲れはてることがありますが、これについては、このような「階層化」に対する配慮のないことが一因であるようです。

 これで、お解りいただけたと思いますが、規則性や階層秩序は、ある程度の分量を持った音のメッセージを、正しく伝えるために、欠かせない手段であるようです。もともとは、発せられた途端に消えてしまう話し言葉によって、複雑な内容を伝えるために、このような仕掛けが必要であったのでしょう。音楽では、このような仕掛けが最大限に生かされています。ピアノなどでちょっとしたメロディーを弾くだけで、文字通り「人を動かす」演奏家がいます。例えば、オスカー・ピーターソンなどがそうです。そのような演奏を聴くときに、たまには規則性と、階層構造に注目して聴いてみるのも一興ではないかと思います。

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