音楽心理学への御招待2


中島 祥好

17 リズムの話

 ガブリエルソン先生が開発された、演奏リズムの測定装置は、実は二つあります。一つは、単一の声部からなるリズムにおける、音と音との時間関係、強弱関係を精密に捉えるもの(愛称モーナ)で、もう一つは、二つ以上の声部に分かれたリズムにおける、全体の時間構造を大まかに捉えるもの(愛称ポリー)です。

 このような研究でよく話題になるのは、「2拍めが長い」ことで知られるウィンナ・ワルツです。ベングツソン先生、ガブリエルソン先生の共同研究で、典型的なウィンナ・ワルツの演奏が分析されました。二つ以上の声部を扱うほうの装置が用いられました。材料になったのは、例えばボスコフスキー・アンサンブルが演奏する、ヨハン・シュトラウス1世作曲「吊り橋のワルツ」です。この分析では、2拍め、3拍めを刻むヴィオラのパートで、確かに2拍めが長めに演奏されていることが判りました。チェロ、バスのパートと合わせると、2拍めが伸びるかわりに、1拍めの縮むことが判りました。これは、音楽家にとってはあたりまえのことかもしれず、それほど面白いことではないかもしれませんが、それでも、きっちりと確かめることは科学の基本です。この研究では、第1ヴァイオリンの演奏するメロディーのリズムも分析されました。メロディーでは1拍めと2拍めとが、3拍めよりも長めになっています。当然、メロディーと伴奏とのあいだにタイミングのずれが生ずることになり、メロディーの1拍めが、チェロ、バスに比べて、5分の1拍分程度(あるいはそれ以上)早めに始まる場合が目立ちました。コンサート・マスターの雄姿が目に浮かぶようです。

 面白いのは第2ヴァイオリンで、ヴィオラと一緒に「短・長・中」の3拍子の、2拍め、3拍めを刻んでいるのですが、第1ヴァイオリンと音域が近いところでは、3拍めがかなり早めに始まり、第1ヴァイオリンやヴィオラとのあいだにかなりのずれが生じています。

 まあ、何やかやで、あちこちがずれたりくっついたりしながら、テンポがだんだん速くなってまた遅くなる、と言うことをくり返すのがウィンナ・ワルツであるようです。実際の演奏を分析してこのようなことが判るのは、楽屋裏をのぞくような面白さがあります。

 しかし、楽屋裏以上のことを求めるならば、やはり、実験を行う必要があるでしょう。詳細は省きますが、ベングツソン、ガブリエルソン両先生の研究で明らかになったことは、ウィンナ・ワルツに関しては、2拍目が物理的に少し長めになるほうが、聴いた感じでの評価が高くなると言うことです。これも、音楽関係者にはあたりまえのことかもしれませんが、実際に心理学的なデータが得られた点は貴重であると思います。さらに、この研究で、ウィンナ・ワルツを聴き慣れている人の方が、聴き慣れていない人よりも、2拍めが長めであることを好む傾向が強いことが、はっきりしました。

 ウィンナ・ワルツのリズムが、面白い問題を一杯含んでいることは、多くの方がご存じであると思います。このように改めてデータを示されると、なるほどそうだったのかと納得する点も多いのではないかと思います。ベングツソン、ガブリエルソンの両先生は、似たような研究を、スウェーデンの民謡についても行っておられます。ここで、再び強調したいのは、このような先進的な研究を 1960 年代の終わりから行っておられると言う点です。この頃は、大学の普通の研究室でコンピューターを使うのも、いろいろと苦労を要した時代です(私自身は、1970 年代の初めに高校に通いましたが、現在のプログラム電卓くらいのコンピューターが学校に1台だけあって、貴重品でした。)。

 最後に少し脱線いたしますが、1960 年代の終わりと言えば、ビートルズの全盛期です。彼らは、いまはやりの多重録音を巧みに用いて新しい音楽の世界を開拓したことで知られていますが、「アビー・ロード」と並んで彼らの最高傑作と目されている「サージェント・ペパーズ−−−」では、なんと4トラックしかない録音機が用いられていたと言う話を最近読みました。当時の人々が、制約の多い環境で最大限の創造性を発揮するエネルギーには、驚異的なものがあったように思います。アポロ11号が、現在のパソコン程度(あるいはそれ以下)のコンピューターの力で月着陸に成功したのもこの頃です。人類が突然大きなエネルギーを吹き出した時代に、音楽心理学の世界でも、大きな進歩があったと言うことになります。この頃、わが国のNHK技術研究所では世界で初めてのデジタル録音が実現しました。

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