音楽心理学への御招待2


中島 祥好

18 音の常識と誤解

 音楽について、色々なことを考えてきましたが、このあたりで、「音とは何か」と言うことを整理しておきたいと思います。音は、手にとって眺めまわすことも、秤で重さを計ることもできないので、具体的なイメージになりにくく、専門外の人が科学的な態度で接することが難しい対象です。CDなどのデジタル・オーディオ媒体に対して、不当とも言える非難が絶えないのは、このことが一因であるようです。デジタル・オーディオを非難する人々は、多くの場合感情的です。ところが、人気の高まってきたデジタル・カメラに対して、「なんと言っても究極の画像はアナログですよ。」と大声で非難する人は少ないようです。その理由の一つに、画像が粗くなると確かに安っぽくなると言うこと、画像を細かくすると、次第に微妙な色彩が見えてくること、などが、目で見ただけでも理解できるので、何となくデジタルの理屈まで解ったつもりになり、それ以上大人気ない議論はしない、と言うことがあるのではないかと思います。一方、デジタル・オーディオが非難されるのを、聞いたり、読んだりすると、「この人は、そもそも音のことを知らないのではないか。」と思われることが多いのです(もちろん、そうでないこともありますが。)。と言うことで、今回は「10分でわかる音入門」のお話をいたします。内容をすでにご存じの方も、息抜きにおつきあいください。

 大太鼓を叩くと、太鼓の皮が振動しているのを見ることができます。音を出しているスピーカーのコーン紙に指先を触れると、コーン紙の振動が感ぜられます。このように、音の出る元には、必ず何らかの振動があります。この振動が、空気に伝わって音になるのです。初めから、空気そのものが振動することもあります。 簡単な実験をしてみましょう。A4判程度の上質紙(コピー紙)を、自分の口の数センチ前方に、口と向かい合うような角度で広げ、思いきり「アー」と声を出してみてください。紙を持つ手に振動が感ぜられます。次に、口の形をそのままにして、声を出さずに「ハーッ」と息を出してみてください。紙に息のかかったことが、指先でも少しは感ぜられるかもしれませんが、声を出したときのような「ビリビリッ」と震える感じではありません。この紙を、迫力のある音楽を鳴らしているスピーカーの前に広げると、紙を持つ手に「ビリビリッ」と振動が伝わってきます。口と紙、あるいはスピーカーと紙との間には、空気しかないのですから、音は空気を伝わる振動であることが判ります。(厳密には、空気のない真空のところに音が伝わらないことを示して、初めてこのことが証明されます。残念ながら、このような実験は簡単にはできません。しかし、宇宙で音が伝わらないことは、よく知られています。)

 振動が空気を伝わると言うのは、空気そのものが移動することではありません。風の音が聴こえるのは、風が何かに当たって、空気の振動が生じているからです。息を吹き出して5メートル先にまで空気を送ることは困難ですが、人間の声は、軽く10メートル先にまで伝わります。このおかげで、声はコミュニケーションの道具として、大変強力なものとなっています。空気が振動するとき、部分的に空気が濃くなったり薄くなったりします。つまり、気圧の高い部分と低い部分とが生じます。この気圧の変化はごく小さいもので、天気予報では「ヘクトパスカル(100パスカル)」が単位になっていますが、我々がふだん耳にするような音では、大きく見積もっても数パスカル程度が最大の変化です。音が伝わるときに起こっていることを大雑把に説明いたしますと、ある部分の空気が濃くなると、その濃い空気に押されて、隣の空気が濃くなり、それに押されてそのまた隣の空気が濃くなる、と言うように、濃さの変化が次々に伝わってゆくのです。ある方向から押されて空気が動くと、動いた先の空気が濃くなり、その圧力で反対向きに押し返されるようになりますが、ジェット機が逆噴射で押し返されても急に反対向きに動き始めることがないのと同じで、空気も急に動きの方向を変えることはできません。そこで、空気の進む行き先の方向では、しばらくの間空気が濃いままになり、さらにその先の空気を押すと言うことになるわけです。このように、隣から隣へと次々に伝わってゆく変化のことを「波」と呼びます。濃い薄いの変化が伝わってゆくときには、これを「縦波」と呼びます。音は、「空気を伝わる縦波」であると定義することができます。

 音の通り道をさえぎるように膜や軽い板を置くと、膜や板は空気と一緒に振動します。私たちの耳の中には鼓膜と呼ばれる膜があり、これが音によって振動させられます。鼓膜の振動は、複雑な経路をたどって聴神経の電気信号(インパルス)を生じ、この信号が様々に加工されて大脳に伝わり、更に加工されて、音の知覚を生ずるとされています。

 と言うことは、(頭や体の動きを考えなければ)すべての音は、気圧の時間的な変化にすぎないと言うことです。「火の用心」の拍子木であっても、マーラーの交響曲であっても、一旦は左右の耳の入り口で、気圧の変化になります。「乾いた冬の街中を走り抜ける拍子木の音」や、「ホールを包みこむホルンの響き」などは、全て、気圧の変化を、私たちの聴覚システムが「解釈」した結果なのです。

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