音楽心理学への御招待2


中島 祥好

19 書評

 書いている途中で、良い本が発刊されましたので、取り上げます。

 リタ・アイエロ編(大串健吾監訳)「音楽の認知心理学」(誠信書房:\4500+消費税)は、ここで取り上げているような、聴覚心理学と音楽との関連を重視した音楽心理学の教科書で、ジュリアード音楽院の教科書として使われているものです。音楽を専攻する学生がここまで高度な内容を勉強すると言うのは、ちょっとした驚きです。私は、この本の原書を、授業などのネタ本に利用させてもらったことが何度かありますが、我が国の優秀な研究者が邦訳に取り組まれたおかげで、多くの人にとって近づきやすいものになりました。以前に取り上げた、クラムハンスル先生の調性の研究などについては、日本語で書かれた解説書がなく、学生から質問を受けたりした場合に、不便な思いをしていましたが、本書には詳しく解説されているので、今後はこの本のことを教えるだけですみそうです。ただし、邦訳に取り組むきっかけになったのは、監訳者の大串先生が編者のアイエロ先生を訪問されたときに、アイエロ先生が、日本からの留学生が英語の教科書を読めずに苦労しているので何とかしてほしいと頼まれたと言うできごとだったそうで、少し情けないような気もいたします。ともかく、有益な書物であることは間違いなく、私は、早速自分の授業の教科書に指定することに決めました。

 内容は次の4部に分かれています:


   第吃堯‥学的視点

   第局堯“達的視点

   第敬堯\律、調性、リズムおよびタイミングの認知

   第孤堯_山攤酩覆涼粒

 第吃瑤砲蓮◆峅山擇噺生譟廚搬蠅気譴進埃埃身の筆になる章があり、言葉を単語のような小さなまとまりから、文のような大きなまとまりにまで、階層的に組み上げてゆくことができるような、人間の能力が、音楽活動においても重要な役割を演じていることが論じられています。「ウェスト・サイド物語」で有名な作曲家のバーンスタインが、言葉と音楽とのあいだに存在するこのような共通点を初めて指摘したとのことですが、第吃瑤任蓮△海里茲Δ暴斗廚任△蠅覆ら見逃されがちな話題に触れることができます。

 第局瑤任蓮音楽教育に関わるさまざまな事柄が取り上げられており、例えば、優秀な音楽学生がどのような環境で育ったかと言った、教育全般の話題としても見逃せない部分があります。ただし、教育の話は、一筋縄では行かないことを肝に銘じておくことも大事だと思います(などと、人様に偉そうに言える立場ではありませんが、あしかあらず。)。

 第敬瑤蓮∪律、調性、リズムなどに関して、知覚実験や演奏実験によってどのようなことが判るかを、解説したもので、これまでに比べて「謎解きの楽しみが増えた」音楽心理学の姿を紹介しています。このような話になると、よく音楽関係の方から「音楽は実験で解るような単純なものではない」との批判を受けるのですが、これは、試験管で細胞分裂の研究をしている生物学者に「生命は試験管の中で理解できるものではない」と批判するようなものです。心理学者は(少なくとも私は)、これで音楽の本質がすぐに解ると思って実験をしているのではありません。面白いことがいろいろと見つかるからついつい実験をするので、音楽はそのための絶好の材料にすぎないのです。「音楽にはこんな楽しみかたもあるんだ」と気軽に実験結果を見ていただければよろしいかと思います。

 第孤瑤蓮∧埃圓砲茲觚綵颪です。と言うわけで、魅力的で解りやすい本書を推薦します。ただし、すべての章を推薦するわけではありません。読みにくい章はとばしてください。

 もう一つ、新しい本として、生野里花「音楽療法士のしごと」(春秋社:\2000+消費税)を紹介しておきます。最近、「音楽療法の勉強をするにはどうすればよいでしょうか。」と質問に来る学生が増えているようです。私の答えはだいたい決まっていて、「私は素人なのでよく分かりませんが、とりあえず医者になるのが賢明でしょう。」と言うものです。もう少し耳障りのよい返事ができればとも思うのですが、「療法」、「治療」と名の付くものに、うわついた気持ちで興味を持つとロクなことはないとの判断により、このように答えることにしているのです。医学畑とは違う立場から音楽療法に取り組まれている方が、どのような工夫をされ、どのようなことに悩んでおられるのかについては、正直に言ってイメージがはっきりとつかめなかったのですが、インタビュー形式で書かれたこの本で、いろいろなことが解ってきました。今度質問に来る学生がいたら、一読を薦めるつもりです。

前へ← 次へ→

音楽心理学への御招待2にもどる

トップページに戻る