音楽心理学への御招待2


中島 祥好

2 言葉と音楽

 子供の頃、遊び相手を集めるために「かくれんぼするもん、このゆびとまれ」などと大声でメロディーをつけて呼びかけたような経験は、多くの方がお持ちでしょう。ここでは、メロディーが付くことによって、メッセージが明確に強く伝わるとともに、呼びかけのリズムが集団の団結心を高める効果を持っています。「かくれんぼするもん−−」と呼びかけることを思いついた子供は誰だったのでしょうか。きっと、何とか仲間を沢山集めて楽しく遊びたいと言う思いが、このリズムとメロディーとを生みだしたものでしょう。実際、子供の遊びの中には、面白い言葉のメロディーがすぐに取りこまれます。私自身も幼稚園のときに「あーんぽー、はーんたい」などと叫んで気勢を上げていた覚えがあります。シュプレヒコールの強烈なリズムが、訳の分からない子供にも影響したものと思われます。私が現在、安保問題を大変重要であると感じていることの始まりは、この(ラジオ、テレビなどで聴いた)1960 年頃の若者たちのシュプレヒコールであることは疑いようもなく、言葉のリズムが理屈抜きで次の世代にメッセージを送りうる実例です。

 当然、このようなことが悪用されるとファシズムになりかねないわけで、チャップリンの映画「独裁者」で茶化されているヒットラーの演説などはその例でしょう。言葉は、はっきりとしたリズムとメロディーとを持つことによって、強いメッセージを伝え、場合によっては、理屈抜きで心を動かします。ちなみに「独裁者」の最後では、独裁者と瓜二つに生まれついたユダヤ人の散髪屋が、ひょんな成り行きでナチスの兵隊に独裁者と人違いされ、逃げだしたユダヤ人であることを隠して身を守るために、独裁者のふりをして演説をしなければならなくなります(まだの方はぜひ見てください)。気の弱い散髪屋が、次第に独裁者顔負けの力強いリズムで、自由と愛の尊さについて語り始めるところが、感動的なのですが、ここではヒットラーの演説と紙一重の白熱した言葉のリズムが、正反対のメッセージを伝えています。言葉の圧倒的な力を感ずる場面です。ある新年のテレビ番組で、アメリカ黒人の非暴力闘争の指導者であったキング牧師の歴史的な演説「I have a dream」の一場面を見ましたが、この演説が今も多くの人の心を揺さぶるのは、まるで歌うような朗々とした言葉のメロディーを抜きにしては考えられないことです。ちなみに、キング牧師とよく対比されるマルコムXの演説も、同じ番組に出てきましたが、叩きつけるようなリズムが、彼の攻撃的な思想を表しているように感じました。

 ユダヤ人の散髪屋や黒人指導者のように、心の底からの言葉が、思わず力強い音楽のようになる例もあれば、ヒットラーやいかがわしい宗教指導者のように、多くの人の心を引きずりこむ武器として強烈な、あるいは執拗なリズムを用いる例もあります(最近の我が国にも不幸な例がありました)。

 もっとも、人の心を引きずりこむこと自体は、やましいことではなく、魚屋や八百屋の店先で、「ほーら、安いよー」などと威勢のよい声を聴いて、意気に感じて立ち止まった経験をお持ちの方は多いはずです。物売りの声は、「歌になりかかった言葉」の宝庫で、昔の我が国には「がまの油」を初め、芸の域にまで到達したものがありました。残念ながら、「竿竹」と「石焼き芋」くらいしか、現在では残っておらず、それも、エンドレス・テープからスピーカーで流したりしていますが−−−。新しく生まれた物売りの声は「本日5時よりの、タイムサービスの御案内です」などと味気ないものになってしまいました。人の心を引きつけるために言葉のリズムやメロディーを強調する、もう一つの例は、小さな子供を相手に話をする場合です。「また会おうね」と小さな子供に話しかけるとき、殆どの人が、大人に話しかけるときよりも大げさな、リズム、メロディーを付けているはずです。そうしないと、小さな子供は聞いてくれません。。

 いま例に挙げたような強調された言葉は、音楽の起源と深く関わっているように思われます。前にも述べましたが、英語のミュージカルでは、喋っている言葉の抑揚が次第に大げさになり、いつの間にか伴奏がつき、ついには歌に変わってゆくことがあります。登場人物の心の高まりが、言葉を音楽に変えてしまうわけです。ロックでは、言葉では語りつくせないことが、強烈な、または華やかなギター・ソロで「語られ」ます。音楽は、言葉では表すことのできない理屈抜きのメッセージを伝え、さらに言葉のメッセージを強めるために、言葉と手を携えあって発展したものではないか、との仮説が生まれます。(このあたりの考えかたは、私の以前の上司である九州芸術工科大学元教授、寺西立年先生から受け継いだものです。)

 面白いのは、言葉を芸術作品として後世に残す場合、多くの民族が、まず言葉と音楽とが結びついた「歌」を残すと言うことです。次回は、ここから話を始めます。

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