音楽心理学への御招待2


中島 祥好

20 学会報告

 今回は、気軽な話題です。最近(1998年秋)は、「国際学会」なるものに参加することも、昔のように大変なことではなくなりました。私が、初めて国際学会に参加したのは、20年近くも前のことで、スウェーデンに行ったのですが、外国に行くと言うだけで、飲み仲間の話題になったりしておりました。日本円に対して米ドルが今の2倍くらいしており、しかも、北欧では日本円からの両替をしてくれないところもあり、心細い思いをいたしました。時代は移り変わり、バブルが絶頂に達した10年くらい前には、会社員も学者もパック旅行軍団も貧乏一人旅軍団も、一斉に海外へ飛び立ち、貧乏一人旅軍団は別として、ビル、酒、バッグなどを買いあさりました(私も酒を買いあさりましたが、全部なくなりました)。そして今、20世紀の終わりにさしかかり、日本国内を旅行するのも、海外を旅行するのも、同じくらい気軽なものになりました。国際学会は「桧舞台」ではなくなり、同じような研究をしている仲間どうしが集まって、近況報告をするような場所になっています。このごろは、インターネットを通じて、職場の同僚に通信するのと同じ要領で、どこの国の仲間とでも通信ができるので、国際学会を計画することも昔よりずっと簡単になり、乱立気味の国際学会に義理を欠かさないようにつきあっていると、肝腎の研究をする時間がなくなる、という珍現象まで生じています。

 このような時代ですが、それでも注目すべき国際学会がありました。それは、ソウルで1998年8月末に開かれた「第5回国際音楽知覚認知学会」です。このような、基礎研究まで含む国際学会が韓国で開催されるのは、私の知っている限りでは珍しいことで、これを機会に、隣国に研究仲間が増えることを心から望みます。韓国も日本も経済危機で大変ですが、このようなときこそ、基礎研究を育てるチャンスではないかと思います。経済的に最も苦しいときに、今回の学会を大成功に導いた韓国の研究者、学生の底力は大変なものだと感じました。

 学会では、実にさまざまな発表がありました。全体的な印象として、音楽教育関係の方が、きっちりとした実験を発表されているのが印象に残っています。新潟大学のミト・ヒロミチ先生と愛知教育大学の村尾忠広先生との共同研究について、日本の今風のポップスを聴き覚えで歌うのが上手な人は、演歌を聴き覚えで歌うのが苦手で、逆に、演歌と相性のよい人は、今風のポップスと相性が悪いと言う、面白い結果が、演歌を実際に鳴らしながらユーモラスに発表され、会場が盛り上がっていました。次に気付いたのは、心理学の世界で長らく本格的な研究が途絶えていた「感情」の研究が、音楽心理学の分野で確実に復活しつつあると言うことです。さらに、実証的な取り扱いが大変難しい「感動体験」にまで、研究者の手が伸びています。リズムの研究で紹介したアルフ・ガブリエルソン先生は、「音楽に関する強烈な体験」を何人もの人に言葉で書き記してもらい、膨大なデータを集めたうえで、その「強烈な体験」を分類しました。分類の大項目としては、全般的な体験、身体的な反応や行動、知覚体験、(連想、イメージなどの)認知体験、感情の動き、実存体験ないし超越体験、人間的成長体験があり、それぞれがさらに小項目に分かれています。今後感動体験について研究する人は、この分類を避けて通るわけにはゆかないでしょう。そう言えば、ガブリエルソン先生の所属するウプサラ大学は、動植物の体系的な分類に手をつけたリンネの活躍した場所でもありました。

 音楽演奏における表現のありかたを考察した研究には、大変意欲的なものがありました。アメリカのハスキンス研究所(音声研究の殿堂です)に所属するブルーノ・レップ先生は、ショパンの「別れのエチュード」の冒頭5小節について、百を超える録音を手作業で分析し、歴史的なピアニストを含む演奏家の特徴を分類することを試みました。このような研究は、ぜひ音楽学の分野で行ってほしいのですが、どうも、音楽学者は、現実の音よりも音の理想的な姿に関心があるために、音楽心理学者が隙間を埋めている感じがいたします。しかし幸いに、レップ先生はプロとして通用するくらいのピアニストであり、このような役割を果たすにふさわしい人ではないかと思います。

 韓国料理はキムチと焼き肉だけではないことも判り、韓国の若者が電車でどんどん年配の人に席を譲るのを見て感動し、大学生や大学院生が女の子どうしで手をつないで歩くのを見てびっくりし、楽しい旅行ができました。なお、韓国についてニュースなどでは解らなかったことを一つお伝えしたいと思います。旧朝鮮総督府を完全に取り壊すことについて、そこまでしなくてもと思った方は多いはずで、私もその一人だったのですが、総督府は、王宮への入り口を塞いでおり、過去のいきさつを抜きにして考えても、ないほうがずっと良いのです。ひょっとすると、このようなことも報道されていたのかもしれませんが、私は取り壊しのほぼ完了した総督府跡を見て、初めて知りました。日本人に対する悪い感情を体験することは全くなく、むしろ沢山の韓国人に親切にしてもらったことが思い出に残っています。しかし、知り合いのイギリス人は、学会期間中に飲み屋にいったところ、年配の韓国人ビジネスマンから、日本人の悪口をさんざん聞かされたようで、まだまだ、日韓両国の関係はデリケートです。2002年のワールドカップまでに、ぜひ相互理解を深めておきたいものです。

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