音楽心理学への御招待2


中島 祥好

21 リズムの話将

 しばらく途切れていたリズムの話を復活させます。前回「感動体験」について名前を挙げた、ウプサラ大学のガブリエルソン先生が開発された装置の一つに、モーナと言う愛称がついており、この装置を用いて単一の声部からなるリズムの演奏を録音し、精密に分析することができます。実際に用いられたのは25年以上前であり、演奏されたリズムを物理的に分析して考察を進めるような研究の出発点になりました。この種の分析は、その後、オランダ、イギリスなどでも行われるようになり、現在ではリズム研究の重要な一部門になっています。前回報告したハスキンス研究所のレップ先生の演奏分析もその一例です。

 今回はガブリエルソン先生の研究から、このモーナの助けを借りて、ボンゴを叩くリズムを分析した例を取り上げます。演奏は、一人の打楽器奏者がメトロノームに合わせて行いました。メトロノームを鳴らしていたと言うことは、機械的に正確な演奏になりやすい条件をわざわざ作っていたことになりますが、それでも、楽譜と演奏とのくい違いがはっきりと現れました。楽譜に示された4分の4拍子、1小節分のリズム・パターンが、4小節分くり返して演奏された場合のデータを見てみましょう。メトロノームのテンポは1分間あたり108拍でした。分析の結果を下に示しますが、大体の傾向を見るために、4小節分の演奏を平均して1小節分にまとめてあります(4小節目の最後の音符の長さは、測定できなかったので、平均に含めてありません。)。1行目の数字は、それぞれの音符が、1小節分の時価(合計4拍)のうち何パーセントを占めるかを示します。つまり、この数字は音符の代わりです。分かりやすくするために、1拍ごとにスラッシュ「/」を入れました。2行目の数字は、それぞれの音符が、1小節分の時間(約2.2秒)のうち何パーセントを占めるかを示します。もしも機械的に正確な演奏がなされているならば、1行目と2行目とは一致するはずです。

1拍目2拍目3拍目4拍目
楽譜18.75 6.25/12.5 6.25 6.25/12.5 6.25 6.25/25.0
演奏19.2 5.7/13.5 5.1 6.0/13.0 5.3 5.8/26.4
                 [パーセント]

ところが実際には、1行目と2行目とのあいだにずれが生じています。演奏しているのは人間ですから、演奏に「ゆらぎ」や「偶然」があるのは当然ですが、それ以外に、楽譜と演奏とのあいだに、ある決まった方向のずれが生じているのです。まず1拍目では、楽譜上の時価の比率が3:1になっています(これは付点8分音符と16分音符です)。ところが、演奏データを見ると、長いほうの音符は一層長く、短いほうの音符は一層短くなっており、したがって比率も少し極端な(1:1から遠い)側にずれていることが判ります。比率はおよそ3.4:1となっています。このような「比率の極端化」は、他のリズムパターンにおいても生じています。私自身も、この問題に興味を持っており、たくさんのデータを集めました。そして、これがかなり安定した現象であることを、確かめました。私の研究室では、さらに心理実験を行い、「比率の極端化」が少し生じている演奏の方が、機械的に正しい演奏よりも「一層正しく」聴こえる場合のあることを確認しています。つまり、物理的に楽譜どおりではないほうが、楽譜どおりであるように聴こえやすい場合があると言うことです。このようなことは、芸術表現以前の、我々の知覚システムの歪みから来ている現象であると考えられ、MIDIなどを用いた自動演奏システムでは、慎重に対応する必要があると考えられますが、今のところ、このようなことは全く問題にされていません。そもそも、現在のMIDIシステムは、初期のYMO(いわゆるテクノ・ポップの元祖でした)が使っていた、アナログのシステムよりも、時間分解能が悪く、派手な音色でリズムの鈍さをごまかしているようなところがあります。私は、自動演奏のシステムが、早く音楽の本道に戻ってほしいと願っているのですが、皆様はどのようなご意見をお持ちでしょうか。

前へ← 次へ→

音楽心理学への御招待2にもどる

トップページに戻る