音楽心理学への御招待2


中島 祥好

22 リズムの話将

 前回ご紹介した、ガブリエルソン先生の四半世紀前のデータについて、もう少し考えを進めてみます。2拍目、3拍目の後半に注目してください。どちらの拍においても、16分音符が二つ並んでおり、機械的に正確な演奏がなされたとすると、物理的に同じ長さになるはずですが、実際には、二つ目の16分音符のほうが長めに演奏されています。これは偶然ではなく、ほかのリズム・パターンにおいても同じような現象が見られますし、私の研究室で行った同様の実験でも、この現象が確認されました。周りの音符よりも短い音符が2つ並んでいるとき、2つめの音符のほうが少し長めに演奏されることが多いのです。

 この現象がどうして生ずるのかについては、まだよくわかっていませんが、私自身はある仮説を持っています。自分の研究のことなので、ついついややこしい話を押し付けてしまうかもしれませんが、これは学者の習性ですから大目に見てやってください。二つの短い時間間隔が隣接し、そのうちの二つ目の時間間隔のほうが少し長い場合、二つ目の時間間隔が過小評価されることがあります。例えば、100分の1秒くらいの大変短い音を、「タタタッ」と三つ鳴らすと、音の始まりから始まりまでのあいだに時間間隔が示されますから、二つの時間間隔が隣りあうことになります。このうち、第一の時間間隔が0.04秒、第二の時間間隔が0.12秒であるとき、第二の時間間隔は0.07秒くらい、あるいはもっと短いくらいに知覚されます。つまり、第二の時間間隔に0.05秒以上の「過小評価」が生ずることになります。本来の0.12秒を基準にすると、40パーセント以上の過小評価が生じたことになります。この現象は、オランダのライデン大学で聴覚心理学の研究を続けているテン・ホーペン先生と私とが、1987年に発見したもので、「時間縮小錯覚」と名付けています。時間縮小錯覚は、隣りあった短い二つの時間間隔のうち、二つ目のほうが物理的に少し長い場合に生じ、結果として、二つの時間間隔が一層よく似た長さを持つように感ぜられます。

 さて、ガブリエルソン先生の実験において、16分音符が二つ並び、その直後にもう一つの音符がある場合を考えます。全部で三つの音符の始まりが、隣りあった二つの時間間隔を区切っており、演奏データによれば、二つ目の時間間隔のほうが少し長めです。これはまさに時間縮小錯覚を引き起こすために作られたようなパターンです。もし、二つ目の時間間隔が過小評価されるならば、二つ目の時間間隔のほうが多少長くなっていたにせよ、結局は同じくらいの長さに感ぜられるということになります。

 ここからが、仮説−−と言うよりは思い込み−−なのですが、人間の演奏者に完全無欠と言うことはありませんから、等間隔に演奏せよと言われても、どうしてもずれが出てしまいます。ずれる場合にも、一つ目の音符が長めになるようなずれが極力生じないように、すなわち、ずれが出るにしても、二つ目の音符が長めになるようなずれのほうに倒しておけば、聴いている人には気付かれにくい、言わば「安全策」になるのではないでしょうか。慣れないホテルの部屋でシャワーの温度を設定するとき、とりあえず低めにしてやけどを防ぐとか、忘年会の幹事が会費の額を見積もるとき、とりあえず多めの額を集めて余った分を二次会にまわすとか、世の中には色々な「安全策」がありますが、短い二つの音符が並んでいるとき、とりあえず一つ目を短めに、二つ目を長めに演奏して、等間隔でないことに気付かれにくくする、と言う安全策が、リズム演奏の仕組みの中に隠れているのではないでしょうか。これが、ガブリエルソン先生のデータと、時間縮小錯覚のデータとから考え出した、私の仮説です。ただし、この仮説がはっきりと現れたのは、似たような研究を行っている、フランス在住のイギリス人であるキャロリン・ドレーク先生(現在ボルドー大学)と、上に挙げたテンホーペン先生との三人で議論していたときのことで、最初に話をまとめかけたのがドレーク先生と私とのどちらであったのかは忘れてしまいました。ほとんど同時であったと思います。これはちょうど10年前のことですが、日本でもフランスでも、実験は継続中です

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