音楽心理学への御招待2


中島 祥好

5 音の常識と誤解

 少し息抜きに、クイズをいたします。80人のフルート奏者がいて、皆、同じ高さ、同じ強さの音を出すならば、そのうちの8人だけが出す音に比べて、物理的に何倍の強さの音がでるでしょうか? 答は、10倍です。80人寄れば8人分の10倍の音エネルギーが集まるのですからあたりまえですね。それでは、8人分の音と80人分の音とを、目を閉じて聴き比べたとき、音の大きさは、何倍になるでしょうか? もちろん、これも10倍−−−と言うのではクイズになりません。条件にもよりますが、音エネルギー(厳密には単位時間あたりの音エネルギー)が10倍になっても、耳に聴こえる音の大きさは2倍くらいにしかならないことが多いようです。もっとも、これは実験室の中での話で、実際に80人のフルート奏者が舞台の上に集まると、見た目に圧倒されて、10倍、あるいはそれ以上の感じになる可能性はあります。しかし、多くの場合、音エネルギーが増すほどには、音の大きさが増すようには感ぜられないのです。喋っている人が声を張りあげたときに、音の大きさが2倍になったように感じたならば、喋る側では10倍くらいエネルギーを消耗している可能性があるのです。その場合、体にとっては10倍の距離を歩くのと同じことです。音の大きさが数倍程度増したように感ずるときに、音エネルギーは100倍くらいになっていることがありえます。うるさいロックのコンサートなどに出かけるときには注意しておかないと、「今日はいつもより少しうるさいな」と感じているあいだに耳を痛めることにもなりかねません。

 このように、物理量(物理的に測定される音の強さ、または音エネルギー)と、主観量(聴いて感ずる音の大きさ)とのあいだには、くい違いがあります。このようなことが起こるのは、何も音の大きさに限りません。

 私の学生時代以来の研究テーマは、「時間の長さ」がどのように感ぜられるかと言う問題ですが、ここでも、物理量と主観量とのあいだにくい違いが現れます。例えば、ドアのノックのように「コッコッ」と短い音を二つ鳴らしたときに、二つの音の始まりから始まりまでの、時間の長さがどのように感ぜられるかを、実験したことがあります。物理的な時間の長さが0.1秒の場合と、0.4秒の場合とを比べてみると、物理的には、長いほうの時間間隔が4倍の長さになっているわけですが、聴いた感じでは2倍〜3倍くらいにしかなりません。あまりに大きなくい違いですので、何回も実験をくり返しましたが、いつもそのような結果になります(耳で聴けば判るのに、なぜ実験をくり返すのかと思われるかもしれませんが、話を他の研究者に信じてもらうためには、何人もの被験者に参加していただいて、他人が認めるような方法で実験を行う必要があるのです。)。

 このような、くい違いがあるので、例えば、付点8分音符と16分音符とが楽譜の上で「3:1」の比率を作っていても、物理的には「4:1」あるいは「5:1」と言うような、「きつめ」の比率にしないと正しく聴こえないことがあります。この話を音楽関係者にすると、「メトロノームどおりの演奏など、もともとないのですから、そんなことはあたりまえですよ。」と言われることがあるのですが、ここで言いたいことをあえて割り切って言うと「メトロノームどおりでないほうが、教科書的に正しく聴こえる場合がある」と言うことなのです。これは、音楽表現以前の問題で、実際に音を出して実験することによって明らかになる、物理量と主観量とのずれの問題なのです。「ずれている」と言うよりも、「そもそも別物である」と言ったほうが、研究者の実感には近いのですが。

前へ← 次へ→

音楽心理学への御招待2にもどる

トップページに戻る