音楽心理学への御招待2


中島 祥好

6 リズムの話

 物理的な時間と主観的な時間とのくい違いについての話題を取りあげましたから、ここで、リズムの話を始めましょう。リズムは、メロディー、和声と並んで音楽の三要素の一つとされることもあり、その三要素の中でも際だって重要なものです(重要性を強調するために、三つのものを一緒に並べるのは、世界三美人、日本三景などの場合と同じ要領でしょう。)。ところが、リズムとは何か定義せよ、と言うことになると、なかなか多くの人を納得させるような答が見つかりません。

 重要な概念を定義することが極端に難しいのは、別に珍しいことではありません。深刻な話題になって恐縮ですが、最近注目されている「脳死」の問題を取りあげてみましょう。この問題は、人の「死」とは何か、それに対立する「生」とは何かと言う、国会などで論ずるにはあまりにも重い問題を含んでいます。そのため、わたしたち一人ひとりが人生の中で築き上げたものの考えかたを総動員して理解を深める必要があり、なかなかすっきりとした議論にまとまるものではありません。「生」や「死」の意味は、直観的には明らかですが、それに対して多くの人が納得するような明快な定義を与えることは、不可能に近いことでしょう。結局、「医療現場ではこう考える。」、「この法律ではこう解釈する。」、「宗教上の信念を尊重することが望ましい場合には、このように但し書きをつける。」などと言うように、条件を限定して定義を考えるようにしてゆかないと、議論がかみあわなくなり、「臓器移植をどうするか」と言う眼前の問題に対して何ら生産的な判断がなされないことになります。このように条件を限定することは、何もその場しのぎの便法ではなく、人間の知恵の限界をわきまえたうえでの現実的な対応であると思います。

 リズムの定義は「生」や「死」の定義に比べるとはるかに軽い問題ですが、詩人や音楽家にとっては、まさに死活問題ですから、なかなかすっきりと結論がでないのは当然のことでしょう。リズムが時間に深く関わりあいを持つことについては、殆どの人が、一致しているでしょう。それでは、どのような関わりあいがあるのか、と言うところで意見の違いが出てきますが、ここで無理に統一的な見解をまとめようとしても、おそらく無駄骨におわります。知覚心理学、音楽心理学の世界では、リズムを「時間上の形」と定義することがあります(「形」を意味するドイツ語の「ゲシタルト Gestalt」と言う言葉を使うことがよくあります。英語でも外来語としてこの言葉を使います。)。これでは、殆ど定義になっていないと思われるかもしれませんが、リズムについて考えを進めるうえでの「現実的な対応」としては充分に有効です。

 まず、この定義を与えることによって、「時間上の形」と「空間上の形」とはどこが違うのか、と言う具体的な問題を考える手がかりが得られます。早速この問題を取りあげてみますが、大変大きな違いとして、わたしたちが、空間における対称性をわりあい簡単に見つけることができるのに対して、時間における対称性は見つけにくい場合があると言うことが挙げられます。例えば、「車」と言う漢字を見たとき、大まかに捉えれば左右対称であり、上下対称でもあることに殆どの人が気づくでしょう。ところが、ラヴェルの「ボレロ」を聴けば耳にこびりついてしまう「タ..タタタタ..タタタタ..タ..」と言うリズムの一小節め(いま「」に示した部分)の10個の音の始まり(サイド・ドラムの撥が当たる瞬間)が、大まかに見れば前後対称に並んでいると言うことには、どれくらいの人が気づくでしょうか。曲全体を通して鳴り続けるリズムに、前後対称の形が含まれると言うことに全く気づかない人も多いのではないかと思います(楽譜を見ると、いま述べた対称性は、かえって分かりにくくなります。コンピューターなどに音の波形を取りこんで、目で「空間上の形」として観察すると、対称性が明らかになる場合もありえます。上に示した「タ」の文字を全部黒く塗りつぶせば、大体の感じが分かります。)。このように、時間の上では対称性を把握しにくいと言うことを指摘したのは、オーストリアの物理学者マッハです。マッハは、超音速を表す単位に名を残し、さらに相対性理論の先駆者となった人ですが、リズムの知覚にまでその関心が及んでいたのです。音楽の都ウィーンは、百年前には学術の都でもあり、今世紀の思想界を揺るがせるような天才の一群を育てましたが、マッハはその代表格です。

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