音楽心理学への御招待2


中島 祥好

7 リズムの話

 前回は、リズムを「時間上の形」と定義しました。「時間上の形」と「空間上の形」とのどこが違うのか、考えを進めてみましょう。空間上の形は、じっくりと眺めたり、指で何回もなぞったりすることができますが、時間上の形は、どんどんと現れては消えてしまいます。まさに、つかみどころがありません。それでは、「つかみどころ」を作るにはどうすればよいでしょうか。これには、同じような時間パターンをくり返すことが有効です。また、時間に等間隔の目盛りをつけて、それにうまく当てはまるような時間パターンを並べてゆくことも有効です。抽象的な言いかたをしてしまいましたが、規則的なテンポや拍子に合わせて音 を出せば、形として把握しやすいと言うことです。日常会話では、「リズム」、「テンポ」、「拍子」と言う三つの言葉の区別があいまいになることがよくありますが、「リズム」をはっきりさせるためには、「テンポ」や「拍子」が必要であることから、この三つの言葉を完全に区別することは難しいのでしょう。私たちが時間上の形を捉えるときには、規則的なテンポ、規則的な拍子を何とか当てはめようとするような働きが見られます。何らかの意味での時間上の規則的な繰り返しが、はっきりとしたリズムを成り立たせるうえで、必要なのです。空間上の形も、左右対称のような規則性によって、はっきりとすることがありますが、曼陀羅やアラベスクのような繰り返しは、必ずしも必要ではありません。

 先に少し述べましたが、空間上の形は右に左に眺めまわして、どのような形であるかをじっくり観察することができるのに対して、時間上の形であるリズムは、本来、現れるとともに消えてしまいます。これをしっかりと捉えるには、規則的な繰り返しを手掛かりにして、「じっくり観察する」ことが重要なのではないでしょうか。「ボサノヴァのリズム」、「ウィンナ・ワルツのリズム」などとリズムに名前のつくことがありますが、どれも繰り返しのパターンを示しています。ジャズ・ピアニストのデイヴ・ブルーベックに「テイク・ファイヴ」と言う名曲があり、それまでのリズムの常識を覆したと言われています。ブルーベック自身は、5拍子の繰り返しパターンを(見たわけではありませんが)黙々と演奏しており、繰り返しに頼ると言う点では、それまでのリズムと変わるところがありません。

 もっと根本的にリズムの常識を覆したのは、「リズム解放の英雄」ストラヴィンスキーの「春の祭典」でしょう。この曲の最後の「いけにえの踊り」は、一小節ごとに拍子記号が入れ替わる複雑なリズムの例として、よく話題にされます。


    ンチャッ、ズチャブチャーっチャー んティトト

    ズチャっチャーっチャー んティトト

    ズチャーブパー パーパヤパ

    ズチャブチャズチャー んティトト

    パパパヤパチャーチャーチャ

と始まるところの拍子記号は:


    3/16(フェルマータを含む)、2/16、3/16、そのまま、2/8、

    2/16、3/16、そのまま、2/8、

    3/16、そのまま、5/16

    2/8、3/16、2/8

    5/18、そのまま

となっています。「そのまま」と言うのは直前の小節の拍子を引き継ぐと言うことですが、ここでは17小節の中で4箇所にしか見られません。つまり、13個の拍子記号が、入れ替わり立ち替わり現れると言うことです。

 しかし、ストラヴィンスキーの鼻歌を再現するために、私が極秘に開発した「片仮名平仮名混ぜこぜリズム表記法」による上記の分析結果を詳細に御覧いただきますと、繰り返しのパターンが「続きそうで続かない」絶妙の仕掛けになっていることがお解りいただけるかと思います(レコードがあれば、一緒に歌ってみてください。)。「起承転結」のような仕組みも見つかります。ここでは、リズムの規則性が崩れてはいますが、「超規則性」があるのです。

 リズムを知覚するうえで、規則的な繰り返しが必要であること、しかし、リズムの根源に迫るには、その規則性をあえて崩すことも有効であることが解ります。規則性が必要であることを、心理学実験によって示すことはある程度できますが、ストラヴィンスキーのリズムから受ける圧倒的な衝撃を、音楽心理学の立場から捉えることは大変難しく、このあたりが現代の科学の限界ではないかと私は感じています。また、このような限界を大切に

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