音楽心理学への御招待2


中島 祥好

8 リズムの話

 前回は、「リズム解放の英雄」ストラヴィンスキーの功績について(ふつつかながら)紹介いたしましたが、解放される側には、どうも昔のやりかたが懐かしいと言う感じも残り、「春の祭典」ほど徹底的に聴衆の期待をはぐらかせ続けるような音楽は、その後あまり現れていないようです。少なくとも、私のような音楽の素人が、演奏会や放送で耳にする限りは、この曲のすさまじい破壊力が群を抜いています。先日テレビでこの曲に関するドキュメンタリー番組を見ていますと(少し記憶違いがあるかもしれませんが)、ストラヴィンスキーができたての「春の祭典」をピアノで弾くのを聴いていたディアギレフが、「いつまでこんな感じが続くんだね」と尋ねたところ、「最後までです」との答えが返ってきたと言う、少しできすぎのようなエピソードが紹介されていました。

 「リズム解放」と絶対に区別しなければならないのは「リズムに無関心」の場合です。いわゆる現代音楽で、「グピィー」とか「ゲジャッ」とかが延々と続く曲があります。このテの曲は短く切りあげてくれると面白いのですが、少し長くなると、はぐらかされようにも、もともと何のリズムを期待しているわけでもなく、何も破壊されず、ひたすら時間が経過するということになりかねません。現代音楽の相当な部分が、一部の専門家とその取り巻きによって支えられているのは、数十年来変わらない状況のようです。シェーンベルクのような超大物でも、演奏会プログラムに定着したとは言うものの、時が経つにつれて圧倒的に支持が増すと言うことはなく、気がついてみれば、むしろビートルズなどの方が、文化として世代から世代に伝えられる中で、古典としての風格を帯びてきています。もちろん、百年後のことは判りませんが、「リズムに無関心」の現代音楽を何かの拍子に聴かされて迷惑に感ずる人が少なからずいることは、間違いないようです。イギリスの「カンタービレ」と言う男声カルテットが、そのような現代音楽の一つを演奏会に取り上げたのを聴かされたことが、私にもあります。「ビィーヒャーッ」とか「ドッ」とかを人間の声で出す歌唱テクニックは抜群でしたが、最後の部分だけ譜面にない歌詞をつけて「ゲンダァーイ(ゲンダァーイ)オンガークワー...クダラン(実際は英語)」とどんでん返しをつけたので、会場は大爆笑の渦となり、拍手大喝采となりました。なお、この切れ者の四人組は、南アフリカのズールー族の歌や、ミュージカルのメドレーなどでたっぷり楽しませてくれました。

 多くの人が揃って夢中になる音楽は、ウィンナ・ワルツ、タンゴ、ロック、「何とか音頭」のように、リズムの繰り返しパターンがはっきりしたものばかりです。以前に述べた「安保反対」の大合唱とも通ずるものがありそうです。それでは、人類みな兄弟と言うわけで「美しく青きドナウ」や「東京音頭」にうつつを抜かしていれば、ともかく幸せになれるかと言うと、どうも人間はそこまで単純にできてもいないようです。第一、それではレコード棚が寂しくなることこの上ありません。

 偉大な音楽家は、さすがにこの当たりのバランスを心得ているようです。モーツァルトの「交響曲第41番:ジュピター」の第1楽章、第4楽章では、快適に流れていた規則的なリズムが、急になくなり、あれっと思う(あるいは感ずる)あいだに、また元のリズムに受けとめられていると言う場面が、何箇所かに見られます。個人的な体験ですが、このような場面で突然感動したことが何度かあります。モーツァルト解釈の権威として名高いブルーノ・ワルターは、このような「リズムのはぐらかし」を、演奏によって実現しています。「交響曲第40番:ト短調」の第1楽章で、規則的なリズムが、まさに天上の馬車のように、生き生きとした感じを失わずに、しかもすべるようにどこまでも続いてゆく場面があります。ところが、一瞬このリズムがふっと消え去り、あっと感じた次の瞬間には力強く復活するのです。さすが神童モーツァルトと思わせる場面ですが、これを仕組んだのはワルター大先生なのです。大先生には、きっと立派な理屈があったのでしょうが、ともかくカッコいい演出です。大学の授業などでは、カッコいいのではなく格好をつけて「リズムと言う言葉は、古代ギリシア語の『流れ』を意味する単語を語源としており、−−−」などと喋ることがありますが、まさにリズムは流れであると感じさせてくれるのが、このような音楽です。

 私たちの聴覚システムが、音のパターンに何とか時間的な規則性を当てはめて捉えようとする傾向があることは、多くの知覚実験によって確かめられています。この仕組みがはぐらかされたときに、強い印象が生ずるようです。私たちの知覚システムが、次々に鳴る音を単に右から左へと処理しているのではないことが判ります。

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