音楽心理学への御招待2


中島 祥好

9 リズムの話

 私たちの聴覚システムが、音のパターンに何とか時間的な規則性を当てはめようとする傾向は、話し言葉を見てもわかります。日本語を喋るとき、聞くときに、0.15 秒くらいの「モーラ mora」と言う時間の単位が基本になっていると言う例については、以前にお話しいたしました。日本語ができない外国人にも、このことを教えておくと、日本人に道を尋ねたりするときに大いに役立つようです。福岡市では、空港行きの地下鉄と同じ線路に「貝塚行き」と言う別の方面の列車が走っていて、私もうっかり乗り間違えたことがあります。外国人が、このような場面で慌てたときに、「クコ、いっきまーすか」と周りの人に尋ねるのと、「クーコー、いきますか」と尋ねるのとでは、結果に相当な違いが出てくるのではないでしょうか。言葉を伝えるあうときには、どのような時間的な規則性があるのかを把握することが大事です。ちなみに、私はこのようなことを外国人に理解してもらうために「クーコー」にあわせて手を4回叩くことにしています。

 英語には、モーラがありません。日本人の喋る英語が「ジャパニーズ・イングリッシュ」になる原因の一つは、モーラを英語にまであてはめて、例えば「the airport」を「ジ・エアポート」と「・」まで含めて7拍分に数えようとするところにあるようです。実際の英語会話では、文脈にもよりますが、「ズィアポ」くらいの感じになることもあり、「ジ・エアポート」を期待していると、聴き取りができないことになります。かく言う私も、英語圏ではいろいろと失敗をしていますが、面白いのは、サン・ディエゴでの経験です。カリフォルニア大学サンディエゴ校の「スィアミ」に行ってみなさいと人に勧められて、行くことにしたのですが、大学構内で迷い、構内警察官に道を尋ねました。人から聞いたとおり「スィアミ」と発音すると、その場所を親切に教えてくれ、目的地に辿りついたのですが、「Computer Music Institute(コンピューター音楽研究所)」と言う看板をみて、「スィアミ」とは「スィー・エム・アイ」のことであったかと納得した次第です。どうもお粗末でした。

 しかし、英語に時間的規則性が認められないかと言うと、これはとんでもないことです。「John and Bob are friends with each other.」と言う文は、「| John and | Bob are | friends with | each other.」のように、4拍に分けて喋ると、発音しやすく、また聴き取りやすくなります。英語初心者の日本人がよくやるように「with」だけを他の単語から離してはっきりと発音してしまうと、聞く方には文全体の意味が解らなくなるようです。英語には英語特有の規則性があるのです。ここで「John and Gabriel are friends with each other.」と中身が変わっても、事情は同じです。「Bob」よりも「Gabriel」のほうが長いからそこで「どっこいしょ」という感じで休んでしまうと、聞く方はリズムに乗れなくなります。ここは頑張って「Gabriel are」の部分を速く発音して、4拍のリズムを崩さないのが得策です。(私は英語の専門家ではありませんが、この話題については、英語を母語とする心理学者に意見を聞いてまとめました。)英語では、このような規則的な拍を生み出すために、単語の強勢(強い発音)の位置が移動することさえあります。リズム知覚の分野における第一人者であるアメリカのスティーヴン・ヘンデル先生は、「a hundred thirteen men」と言う例を挙げています。この言葉を発音するときに、単語だけ見れば「teen」と「men」とに強勢が置かれるはずのところが、この二つの部分が隣りあっていて、強弱の規則的なリズムを作るのに具合いが悪いので、強勢が「thir」の方に移動します、さらに本来は「teen」よりも弱かった「hun」が、「a hundred thirteen」の中では最も強く発音されるような、第二の変化が加わります。このようにして、英語の文の中には、強弱の繰り返しパターンが自然に発生します。ここに時間的な規則性を当てはめれば、そのまま、ラップにでもロックにでもなりそうです。このリズムさえつかめば英語はすんなり通ずる、と言うことに気づくまでに、私は、英語を実務で話す必要が生じてから10年かかりました。英語圏では、母親が子供に言葉を教えるときに、ラップのような調子のよい言葉を、リズムに乗せて読み聴かせているようで、 「セサミ・ストリート」などは、それをテレビがやってくれる便利な番組であるようです。

 話がそれましたが、日本語と英語とでは、リズムのありかたがかなり異なっていることが判りました。これでは、日本語のロックはサマにならなくて当然です。しかし、どちらも時間的規則性を基盤としている点では、モーツァルトの音楽にも通ずるものがあり、この原理を把握すれば、外国人に日本での道の聞きかたを教えたり、英語を通ずるように喋ったりすることが、うんとやさしくなります。(このようなすぐに役立つことを、中学校の段階で習いたかったと言うのが、私の個人的な感想です。)

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