リズム知覚の基礎としての時間知覚に関する
精神物理学研究

中島 祥好

[introduction]
[聴覚とリズム]
[1. 時間分解能]
[2. リズムを生ずる時間間隔]
[3. 弁別]
[4. 尺度]


introduction

 本論文は、人間のリズム知覚について研究するための、基礎的な知見として、比較的短い時間長の心理尺度(精神物理尺度)を提案するものである。

 様々なコミュニケーションの形態の中で、話し言葉を始めとする聴覚によるコミュニケーションは、我々の日常生活においてとりわけ重要である。聴覚システムにおいては、音の時間方向のつながりをひとまとめに捉えることにより、コミュニケーションあるいは環境把握が効率化されており、その際に、リズムが重要な役割を果たしている。リズムとは、時間軸上に知覚される形、あるいは形の枠組みのことである。聴覚コミュニケーションを目的として発せられた音響信号は、多くの場合、生き生きとしたリズムの感じを伴って知覚される。このことは、我々が、音響信号の伝える内容を、素早くかつ正しく把握するうえで役立っていると思われる(Handel, 1989)。例えば、規則的な時間パターンを構成する要素は、不規則的な時間パターンを構成する要素に比べて、順序、性質などが正確に知覚される(Royer and Garner, 1966; Jones, Kidd and Wetzel, 1981;)。また、聴覚的な時間パターンを再生する(模倣する)課題においては、音楽における拍子のような拍節的な構造をもつパターンのほうが容易である(Povel, 1981; Essens and Povel, 1985; Summers, Hawkins and Mayers, 1986)。

 Fraisse (1982) はリズム知覚に関して,その後の研究に指針を与えるような考察を行っており、隣りあう時間間隔の長短関係が、リズム知覚の大変重要な手掛かりであると論じている。その際に西洋音楽の楽曲分析を行い、多くの場合、基本となるのは、1:2あるいは1:3の比率をなす2種類の時価(音楽理論上の相対的な時間長)であることを指摘している。西洋音楽においては、時価の比率を定め、適切に産出する(演奏動作によって作り出す)ことが極めて重要である。音楽リズムの本質を理解するには、次々に生成される時間長の比率が、どのように知覚されるかを知ることが不可欠である。

 時間長を高い精度で聴きとることは、音声(話し言葉)のリズムを知覚する際にも重要である。例えば、長い音節と、短い音節とを正しく区別することは、多くの言語において重要である。特に、日本語においては、時間構造の変化によって、促音、撥音、長音という独特の要素が生ずるために、正しいリズムによって話し、正しくリズムを聴き取ることができなければ、「楽器」と「ガキ」とを取り違えるなどの重大な誤解の生ずる恐れがあり、外国語を母語とする者が日本語を習得する際に、難関の一つとなっている。

 日常生活におけるリズム体験を理解するためには、次々に隣りあって生ずる時間長の比率がどのように知覚されるかについて、体系的な研究を行うことが重要である。本研究は、このような観点からなされたものである。

 本論文においては、まず、聴覚におけるリズムの役割に関して、文献調査に基づき、問題点を整理する。この後、線分尺度を用いた空虚時間の比率判断の実験について報告し、続いて、数字を用いた比率判断の実験について報告する。数字を用いた比率判断に関しては、充分多くのデータを得ることができたので、心理尺度を簡単な数式によって近似することが妥当であるかどうかを、様々な角度から検討する。時間長の比率判断は、音楽リズムの知覚とも深い関係があると考えられるので、次に、楽譜に記された簡単なリズムの演奏、あるいは調整法による産出を求めるような実験について報告し、心理尺度の当てはまりについて検討する。一方、精神物理学的な仮説を検討する際には、弁別実験の結果についても考慮することが望ましいので、空虚時間の弁別判断に関する過去のデータを再分析し、本研究の文脈に即して検討する。最後に、これまでに得られた結果を全体として説明しうるような理論の枠組みについて検討する。

(続く)


 

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