リズム知覚の基礎としての時間知覚に関する
精神物理学研究

中島 祥好

[introduction]
[聴覚とリズム]
[1. 時間分解能]
[2. リズムを生ずる時間間隔]
[3. 弁別]
[4. 尺度]


1 時間分解能 ( ”聴覚とリズム”より続く )

 人間の耳は、音の流れを時間方向にどのくらい細かく分けて聴くことができるであろうか。この問いは、単純そうに見えるが、実は一筋縄では捉えられない。0.1 ms 程度の、極端に短いクリック音を継時的に二つ呈示し、クリック音の始まりから、始まりまでの時間間隔をいろいろに変化させてみると、この時間間隔が1〜2 ms 以上の長さをもたないと、音が二つあるようには感じられず、一つの音が知覚される。このことは、古くから知られており(寺西,1984)、時間知覚の研究者の間では半ば常識になっているが、近代的な批判に耐えるような実験データのかたちでは示されていない。実際に、クリック音の始まりから始まりまでが5 ms 程度のときには、確かに音が二つあるように感じられることがあるが、二つの音が同時に鳴っているようにも聴こえ、時間的に分かれて聴こえていると、言い切ってよいのかどうか定かではない。このような状況において、厳密な知覚実験を行うことには、被験者への教示を含めて、困難な点が多い。Green (1971) の実験によると、同じパワー・スペクトルを持ちながら、周波数成分によって耳への到達時刻が異なるような音を被験者に聴かせたときに、どの成分が遅れているかを聴き分けるには、音の長さが最低 2 ms 程度は必要である。Green は、その他の実験結果についても考察を進め、音の時間的な変化を捉える最短の限界を1〜2 ms 程度であるとしている。この辺りが、時間知覚について考える際の最短の時間間隔となる。

 ところが、単純に耳の時間分解能が 1〜2 ms であるとは結論づけられない。音の時間構造の違いを聴き分けたとしても、どのような音ないし成分のあとに、どのような音ないし成分が続くかということまで、聴いているのでなければ、時間構造を知覚しているとは言えないからである。Hirsch (1959) および Hirsh andSherrick (1961) は、高さや、到来方向の異なる二つの音に、時間的なずれを与え、どのくらいのずれがあれば前後関係が正しく知覚されるかを検討した。その結果、充分に訓練を積んだ被験者では、20 ms くらいのずれがあれば、前後関係がぎりぎりで判断できることが判った。このような、前後関係の識別は、聴覚に限らず、視覚、触覚においても同程度の値となっており、聴覚、視覚などの感覚様相の違いに関わらず、共通の時間知覚の仕組みが働いていることを示唆している。

 ここまでは、二つの音を呈示する場合について考えてきたが、三つ以上の音を呈示する場合には、また別の観点が必要である。三つのクリック音を、音の始まりから次の音の始まりまでに 20 ms の間隔を与えて呈示しても、音が三つあるとは判らず、二つあるように感じられることが多い、はっきり3つの音を聴き取るためには、少なくとも50 ms くらいの間隔が必要である。この点に関して、公表されたデータは多くないが Cheatham and White (1954) の実験結果に、このことを読みとることができる。彼らのデータを全体として眺めると、一定の間隔で次々に呈示される音を、一つ一つ聴き取ってゆくためには、音の始まりから次の音の始まりまでに、少なくとも 100 ms 程度の間隔が必要であることが判る。音の数を一つ一つ数えて行くには、通常さらに長い時間間隔が必要であり、被験者の熟練度、使用言語などによって差の生ずる可能性はあるが、200 ms 程度の時間間隔が必要であるとされている(ten Hoopen and Vos, 1981; Warren, 1993)。  

 二つの音の時間順序を知覚するには、20 ms の間隔で充分であったが、三種類以上の音が、同じ順序で繰り返して(例えばABCABC...と言うように)呈示されるときにその順序を正しく判断しようとすると、さらに長い時間間隔を要する。Warren, Obusek, Farmer & Warren (1969) は、「高い純音(1000 Hz)」、「ヒス音(中心周波数 2000 Hz の1オクターブ帯域雑音)」、「低い純音(796Hz)」、「バズ音(40 Hz の方形波)」に、それぞれ 200 ms の持続時間を持たせ、ここに上げた順序で繰り返し呈示した。繰り返しに際しては、最後の音の直後に、再び最初の音を出した。//////これらの音の順序を判断することを求められたとき、殆どの被験者が、一つ一つの音を聴き取っているにも関わらず、順序については自信がなく、実際に正しく答えることができなかった。一つの音の持続時間を 700 ms くらいに増すことによって、被験者の半数以上が順序を正しく答えられるようになるが、一方では、熟練した被験者でも 300 ms を必要とする。ところが、刺激音に、英語や日本語の母音を用いるばあいには、一母音あたりに 110〜150 ms を与えるだけで、順序の識別ができるようになる(Thomas, Hill, Carroll & Garcia, 1970; 寺西, 1977)。このように、用いる音によって違いが生ずる原因として、音声刺激を用いた場合、聴取者が音に名前を当てはめる作業が容易になること、音声刺激の方が一つながりの音脈として聴き取りやすいこと、などが考えられ、これらの原因は、同じ事柄の両面である可能性もある(寺西, 1984)。  

 このように見てくると、聴覚系の時間分解能は一概には決まらず、状況に応じて1〜700 ms の値によって表される。時間分解能について論ずる際には、具体的にどのような場面を想定しているのかをはっきりさせないと、議論のすれ違いになる。

(続く)

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