リズム知覚の基礎としての時間知覚に関する
精神物理学研究

中島 祥好

[introduction]
[聴覚とリズム]
[1. 時間分解能]
[2. リズムを生ずる時間間隔]
[3. 弁別]
[4. 尺度]


4 尺度 ( ”弁別 ”より続く )

    物理量と主観量との関係については、時間に限らず、多くの研究がなされている。主として、量推定、量産出の実験結果を記述するために、Stevens は、「主観量は物理量のべき関数に比例する。」との <べき関数の法則> を提唱した。この法則は、相当な量のデータを集めても、荒い近似として成り立つのみであるが、簡単な式によって異なる感覚様相にまたがるデータをも関連づけることができるので、多くの研究者に支持されている。時間長のべき数(主観的な時間長が、物理的な時間長の何乗に比例するかという値)は、典型的には 0.9 くらいである(Eisler)。しかし、物理的な時間長と主観的な時間長とが比例するとの結果や(Bobko)、べき数が 1.1 になるとの結果も(Stevens)報告されており、統一的な見解は得られていない。 本研究で取り上げるような数百ミリセカンド以下の時間長を中心とした実験はあまり行われていない。ところが、日常生活において、最も精密なリズムの把握が要求される、話し言葉や音楽の知覚においては、数百ミリセカンド以下の時間間隔が重要な役割を果たしているので、研究を進めることが必要な領域となっている。Zwicker は、この点に関して、様々な音刺激を用いた先駆的な研究を行っている。すなわち、被験者が比較時間を標準時間の2倍あるいは半分の長さに感ぜられるように調整することを求めた。その結果によれば、充実時間を用いた条件においては、100 ms 以下の時間長に対して、物理量の増加率よりも主観量の増加率の方が少ない(つまり、心理尺度が平坦なものに近づく。)。空虚時間を用いた条件では、この傾向が更に広い範囲に現れたと言うことであるが、測定値のばらつきが大きいということで、データは公表されていない。本研究においては、正にこのような条件が、興味の中心となる。このような実験的研究が行われているにもかかわらず、時間長に関しては、物理量と主観量とが正比例するとの見解が、常識として浸透している。本来、物理量と主観量との関わりについて慎重に考察することを求められる、音楽のリズムの研究においてさえ、このような常識が通用している場合が多い(例えば Fraisse, 1982)。特に、ここ 10 年間で大衆音楽、商業音楽などのリズムを一変させたと言われる、コンピューター制御による自動演奏のシステムにおいては、物理量と主観量とのくい違いに対する、系統的な処理法が確立されていない。また、20〜30 年前には、専門家の実験室に留まっていたコンピューター音楽が、今や、テレビ放送、ゲームなどを通じて、我々の音楽体験の重要な要素となっているが、芸術表現以前の「正しいリズムの作りかた」に関しては、個々の音楽家、技術者の体験の蓄積に委ねられている。このような現状に対して、理論的な考察の基礎を提供することは、本研究の重要な目的である。 話し言葉のリズムは、構文や言葉のアクセントと切り離すことができないので、音楽に比べて、複雑な面が多い。しかし、現実にリズムが問題となって、言語コミュニケーションに支障を来すことは珍しくない。例えば、来日中の外国人がバス、地下鉄などで空港に向かう状況に備えて、「空港行きますか?」との日本語表現を、「クコ行きますか?」と覚えてしまうと、訪ねられた側は「ここ行きますか?」と聞き間違え、対応に窮することになりかねない。このような問題が頻繁に生ずる一つの原因は、日本語話者には簡単に聴き分けられる時間間隔の長短関係が、日本語会話の訓練を充分に受けていない者には難しいためであると推測される。最近では日本に住む外国語を母語とする者(留学生、外国人研究者、外国人労働者など)の増加に伴い、対策が求められるところである。日本語においては、隣りあう時間間隔の長短関係がどのように知覚されるかによって、言葉の意味が変わることがあるので、関連する知覚実験のデータを蓄積し、効率的な日本語教育法を開発する必要がある。本研究は、このような問題に対して直接解決策を与えるわけではないが、対策を講ずる手掛かりにはなりうると思われる。 ただし、本研究の本来の目的は実用にはなく、リズムの基礎となる時間長の知覚について考察することである。


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