10. 現場



10.1. 自己超越の段階

心理学者、アブラハム・ハロルド・マズロー(1908-1970)は、迫害をのがれてアメリカに移住したユダヤ系ロシア人移民の子としてニューヨークに生まれた。心理学が避け続けてきた、人間的な自己実現、美と創造性などを積極的に研究する態度の重要性を主張し、人間性心理学を標榜した。特に「人間は自己実現に向かって絶えず成長する」と仮定し、欲求を以下の5段階に分類した、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現の欲求。

基礎的な欲求が満たされるにつれて、段階的により上位の欲求に対して取り組む姿勢が生まれると考えられている。

この5段階目までは有名だが、後年のマズローはこの上にさらにもう一つ階層を想定した。それは20世紀を代表する名著『夜と霧』を書いた心理学者、ヴィクトール・フランクル(1905-1997)の経験に基づく言葉の影響だった。

フランクルはユダヤ人強制収容所で死と向き合う労働の日々を経験し、そこで死と生の分岐を起こしたかもしれないモノについて記憶した。絶望に堕ちた人間が、それでも沈む夕日を見つめることをやめなかった時、輝く星に視線を向けた時、彼らは「人間」として生き続けていた。

「幸福とは結果としてついてくるものであり、幸福という意味(根拠)を見出すことで幸福感は訪れる。」

「自己実現は目標として設定されるものではなく、私が人間的実存の“自己超越”と呼ぶところのものの副次的結果として生じる。」

マズローはフランクルのこの経験を自身の理論に内包させようとした。

「自己実現を直接的に追及する人々は、人生の使命から切り離されて、実際に自己実現を達成することはないというフランクルの経験は私のそれに一致する。」

人間は自己自身を超えて充たされるべき意味に達する。かなしみを知り、その記憶に基づいて人を助けようとして、動く。マズローは最上位の階層として「自己超越欲求」を据えた。その考えは、仏教では「四無量心」とか「菩提心」という言葉にあてはまる。

しかし彼の欲求理論には当時から「科学の範囲外である」という批判が多い。答えは単純でなく正解は無い。それでもアルフレッド・アドラー(1870-1937,フロイト、ユングに並んで三大臨床心理学者と言われる)は言っている。


「勇気は伝染する。」




10.2. 信頼の構造


1998年、心理学者の山岸俊男の著書『信頼の構造: こころと社会の進化ゲーム』が刊行された。

この本では、社会心理学における重要な研究テーマ「囚人のジレンマ」を一つの軸に物語が展開されていく。

「囚人のジレンマ」ゲームでは、二人で「イッセーのーせ!」で親指を上げるゲームをする。指を上げるのが「協力」、あげないのを「非協力」とみなし、二人共に協力した場合、3点ずつが得られ、共に裏切った場合1点ずつが手に入る。そして、自分だけが協力し相手に裏切られた場合、自分は0点なのにもかかわらず、相手には5点も入る。この“裏切り有利”な設定がこのゲームの面白い所であり、難しいところであった。

さて、このゲームではどう振る舞うのが正解だろう?論理的な正解は、既にわかっている。ゲームを一度だけする場合、相手の裏切りの確率は未知だから、とにかく5点を狙うのが論理的に最大利益をもたらす。つまり、最適解は「常に裏切る」こととなってしまうのだ。

だが、同じ相手と繰り返しゲームを行う場合、様相が変わってくる。

ロバート・アクセルロッド(1943-)という政治学者は、世界中のプログラマーにこの「繰り返しのある囚人のジレンマ・ゲーム」で最強になる戦略プログラムを募集し、それらを勝ち抜きバトルさせるシミュレーション実験を行った。その結果、“Tit-For-Tat”(しっぺ返し)と言う戦術プログラムが最強であることがわかったのだが、それは「自分からは裏切らず、協力を選択し続けるが、相手が裏切ったら、次の1ターンだけは非協力を選ぶ」というシンプルなアルゴリズムだった。

これはコミュニティの規模が小さく、毎日顔をつきあわせるムラ社会では、相互に互恵的であらねば、村八分にされてしまうというような人間社会の実情からも、なんとなく理解できる結末では無いだろうか?

自由と平等を掲げた資本主義は、都市化を進展させ、同じ人と繰り返し話さなくても、家にモノが届く社会を実現してしまった。皆がコミュニティごとにキャラを演じ分け、そこで塞がったら別の場所に行けば良いという一度きりの囚人のジレンマ状況の中で「協力しなければ、損はしない。」という社会が成立している。ないしは、協力したつもりで誤解されるより、非-非協力姿勢を貫けば、とにかく変な損をしない、という考えが蔓延しているのではないか?

アクセルロッドのシミュレーションでは、また別の面白いことが提示されている。Tit-For-Tat 戦略が大勢を占めるシミュレーション上の仮想社会では、裏切り解が増えすぎると、ほぼ全員が裏切りを選択しはじめ、そこから一向に脱却できなくなってしまうという事実だ。自分からは決して裏切らず、原則で相手に協力するつもりの個々のプログラムの集団が、裏切られた次の場面で、一度だけ裏切りを選択するために、やがて全員が協力行動を取らなくなってしまうのだ。

だがこの時、もう一度自分から協力行動を選択するアルゴリズムを複数人分投入すると、その協力に巡り合ったプログラムは、協力行動へ切り替えを起こせる。やがて、元々の協力が原則の場が戻ってくる。はじめに動ける人間が数名居さえすれば、オセロの盤に白波が立つごとく、皆が陰から陽へと反転する。シミュレーション上、それは決まっている。



10.3. 知行合一する者たち


2021年から2024年の3年間、毎日町に出て心の現場をまわった。そこでの具体的なことを書く技量が今の私には足りない。言葉にすれば嘘が混じる。なにより自分には、現場の人たちのような、経験・力・覚悟の積み上げが無い。それでも教えてもらったことを少しでも書こうと思った。


以下の場所に行き、そこに居た人たちから「行動」を分け与えて頂いた。

(諸々の事情で、お名前を書くことを控えさせて頂いた組織・団体様もございます。)


SFD 21 JAPAN, 七燈法律事務所, こころふくよか, 中洲昼スナ, ははこぐさの会, TRY-D.net, 福岡おにぎりの会, 野口さんちの油屋さん, 株式会社ヒューマンハーバー, あいむ, 広島食べて語ろう会, 岡山少年院, 龍国寺, 安国寺, 西光寺, 宝満山天台宗妙香庵, 天理教おぢば, 天理教筑博分教会, 子ども食堂ゴクショ317, 太宰府バプテスト教会, 福山カトリック教会, 大浦天主堂キリシタン博物館, 長野刑務所, 女性・人権支援センターステップ, 滝澤克己記念館, 占いの館宝琉館, 蓬莱の家, studio nucca, EUREKAエウレカ, Café & Gallery林檎, ハーブカフェPoca Poco, 画廊坂本, 仏像彫刻ギャラリー空音, 青木繁旧居, 八一会, イルタテエ, 太宰府展示館, 那珂川歴史ボランティアガイド, 野方遺跡住居跡展示館, 山際千津枝生活デザイン研究所.


彼らは、人に寄り添う行動を実際にしていた。

例えば、ホームレスの支援活動の木戸かつやは現場で当事者の方達とたくさん会話をしていた。木戸は、当事者の方から信頼を勝ち取る速度が圧倒的に早かった。行動で言えば、相手の目線まで下がるとか、ちょっとした振る舞いや姿勢に技術のようなものがあるにせよ、最終的にはオーラが違っているように見えた。

料理研究家の山際千津枝は、「美味しいがわからない人などいないよ。」と、どんな食卓であってもそれを否定せず、そこに一品足して、より健康で楽しくなるように提案をするという心がけを持っていた。温かく美味しいご飯を沢山食べさせてくれて、元気にしてくれた。

非行少年少女の厚生支援に携わり続けるSFD21Japan代表の小野本道治の背中には、誰よりもかなしみが積もっていた。助けた魂の何倍もの魂が流されていくのを黙ってみていくしかなかった。それでも、ずっと活動を継続した。そんな背中は、そこにあるだけで私も助けられた。

毎晩福岡の都市部を夜回りし、居場所の無い若者に語りかける“あいむ”の代表、藤野荘子は、信じてただ待つことの大事さを教えてくれた。

福岡の居場所“こころふくよか”の西島夫妻は、毎日、それぞれの若者が今日はどうしているだろうかと、本当に思っていた。そこで出会った、引きこもりだった青年は、自分の経験が役に立つならと、母親と食べた回転寿司の思い出を多くの人の前で語っていた。

彼らの振る舞いを言語化し、ハウツー本にすることはいつかの未来で可能かもしれないが、動ける自分、動いている自分というものは、結局、動いた体と動いた時間でしか作れないと感じるようになった。

プロセスを客観的な言葉で記述して外に置き、誰でもその情報にアクセスすれば、同じことが出来るようにするのが西洋科学のやり方だが、人間にとって知識としてそこに有ることと、それができることは致命的に異なる。この当たり前のことを、私たちは見失い過ぎている。

山を知っている人、とは本や映像でたくさんの知識を覚えている人のことではなく、実際の山に何度も行き、その中で長時間楽しく安全に過ごせる人のことを指している。

東洋では、外に置かれた知識では片手落ちであり、何度でも行動で同じことを実現できる力を、自分の内側に訓練で築かねばならないと教えていた。

内側に築く再現性。その研究のため、認知臨床心理学を標榜した野村幸正は、技の伝授を対象に選んだ。例えば尺八を吹くという場面を考えれば、丹田呼吸を含めて、姿勢や息の速さ、など多くの知識を外に置くことができる。それらをすべからく理解すれば、尺八の吹き方を理解は出来る。しかし、音は鳴らない。音を鳴らすためには、竹に向き合い、実際に息を入れる行動を取る時間を、何年も積み重ねなければならない。その数年もの間、いかにして師弟が諦めず、同時に人間関係を維持しながら、その困難さに取り組み続けるのか?

東洋の教えが目指したのは、訓練された行動(背中)で「心」を示すことだった。野村は、このことを「分析ではなく自証」と表現している。


昨今、「共に生きる」という教えに対して模範的な行動を映画やアニメを通してたくさん見ることができる。その時に生じる感動は私たちに「自分も同じことができる」という感覚を強く生じさせる。しかし、頭でわかっていることと、行動できることは全く異なる。本当にそれを「している自分」を現前させるためには、練習・訓練が必要になる。叱り・叱られることが必要になる。

学部生時代、日本の網膜研究の第一人者立花政夫教授のゼミに参加していた時「神経細胞の可塑性とヘッブ則」を課題として発表したことがあった。日々の勉強の範疇でわかることだったので、それほど準備せず当日を迎えたのだが、
「全然ダメ、来週やり直し!」と叱責された。自分としては、きちんと話せていたと思っていたので、不思議だった。一週間改めて、基礎的な事項や元論文に当たって知識を整理したのだが、発表直前は不安でならなかった。なぜなら、その準備で増やせたことがあまり無いと思われたからだ。
だが発表後、立花先生は「よくやった。先週と全然違う。素晴らしい!」と褒めてくださった。「先週の段階で自分の脳の中にあったこと、ないしは外に話していたと思われたことから、大きく違わないはずなのに....」そんな風にとても不満に感じた。全く評価が変わった理由が、終わった後ずっと腑に落とせていなかった。

そんな立花先生はプレゼンが大変キレて面白かったが、「自分がプレゼンをするときは、20回くらい実際と同じ尺で大きな声で練習をします。それ以外、上達法がないから。」と言っておられた。早朝、彼の部屋の前を通ると、コーヒーが香り、プレゼンの練習をする声が聞こえた。何度も、何度もそういう朝があった。

ゼミで怒られてから数年、「大差あったはずだと、思わねばならない。」そう自然に思えるようになっていた。今も、「何が違っていたのか?」は録音が無いため、わからない。しかし、大差あったことは腑に落ちている。そしてその真底に得た学びは、生涯を通じて使っている。そういうことを次に伝えたいと思う。脳の中にあることと、外にモノとして現れているものに、自覚的な線引きができるようになった人間は、強い。


10.4. 実践

だから自分でもやってみた。家庭の事情や個人の個性が理由で、正規とされるルートで学びが行えず、そこに引っかかりを感じていた人たちが、聞きたいこと、知りたいことを伝える場を設けてもらった。

場所と機会を与えてくれたのは、昼スナ、中井けんとさん、poco a pocoさん、田中博子さんたちのウェールビーイング塾、若手芸術家のTeppeiさんたちだった。

多くの人に心理学のことを話した。若者を中心に、早朝の天拝山に百回以上登った。

『登山』 箱田将大


やってみて思ったのは、少なくとも「今の」自分には「器」が足りないということだった。人それぞれ持ち回りがあるとして、現場、よりも、作品の中で多くの人に学んだことを届ける方が、自分には向いていた。それぞれの人の笑顔、成長にしっかり繋げる力は、私には無かった。もちろん、未来でその力を獲得をすることを諦めているわけではないし、その努力を放棄すべきでは無いとは思っている。その上で、今の私には自分が自力で学んだことを、そのまま書いて人に報告する方が、全体的には役に立つ。そう思っている。

今、私は別の学びを本道に据えて、毎日をやっている。それを書く準備は、まだ無い。

うまく出来なかったことばかりが思い出されるが、同時に、それぞれの現場で見ることができた人たちの顔は、自分が生きて来た実感を、これからも支えると思う。ありがとう。

最澄は書いている。

古哲またいわく

よく言いて行うことあたわざるは国の師なり

よく行いて言うことあたわざるは国の用なり

よく行いよく言うは国の宝なり

どちらもうまく出来ない大愚、今の私には何かを変える力がない。そうであったとしても、一隅を照らそう。そう思って日々を過ごしている。



目次に戻る