11. 心理学の再現性


11.1. 2020年以降の心理学の再現性

ミルグラムの実験は2020年代に入り、再再評価が進みつつある。胡散臭い周辺の騒動は確かにあるものの、人が権威者に従って電気ショックを与えること自体は、案外に再現でき、再現性のない実験の代表のように扱うのはおかしいという反論の声が、高まりつつある。

同様に、ガザニガの分離脳実験を再解釈する機運も生まれている。左右の大脳新皮質をつなぐ脳梁が切られていたとしても、皮質下において左右半球間の情報交換が無意識裏になされる可能性があることから、ガザニガ達が得てきた実験結果は、やり方によっては再現できると報告され始めている。

再現性の危機が叫ばれた期間、心理学の再現性は今よりさらに低かったのだろう。それは「心理学には再現性が無いのだ」という人間のメッセージの力に、心理実験のデータが動いたからだというのが私の意見だ。心理学を肯定するのも否定するのもともに、人の心であるという意味で、逆側の物語が強くなれば、また反対の動向がデータになって立ち現れる。そういうシンクロニシティが実験データと我々の社会の間にある。

『易経』では陰陽は交互に繰り返すといい『方丈記』や『平家物語』は「人の心には常が無く、絶えず流転している」と説いている。古典文学が人の心を正しく言語化しているなら、心理学の再現性は未来永劫に100%にはならないと予言してもよいだろう。

  これら全ての上で、これからも科学に徹した心理学も進める必要がある。従来の科学コミュニティの厳格な査読と、この十年で業界が作ってきた不正防止措置への準拠を徹底していけば、明るい未来があるだろう。


11.2. 私の心理学

かつて宗教では、神の愛よりも戒律のほうが大事になった時代があった。バラモン教に対する釈迦や、ユダヤ教に対するイエスは本質への回帰を叫んで改革を行なった。キリスト教ではその後、予定論のカルバンによって形骸化したカトリックに対して、宗教革命が再び起こされている。

ガリレオ、スピノザ、アインシュタイン、ユング、フロイトぐらいになってくると、教会のありさまや牧師だった父親を見て、本質にあったはずのマインドを科学という新しい神の名で諸衆に伝えた。

科学の名の下、多くのことが“正しく”進んだように見えた。1972年、光の速さが定義され、それを基準にメートルや重力定数などの物理定数が、相対関係をロックされた。だから、光の速度が絶対であるというアインシュタインの物語が覆れば、現在の科学世界は全て覆ってしまう。

そもそもなぜ世界があるのか?どうしてビッグバンが起こったか?は、科学では誰にもわからない。その0に立脚して積み上げた物理世界の理解である。どんなに立派に見えても砂上の城かもしれない。自然法則そのものの理解をひたすら目指すという科学至上主義は、科学の形骸化だと思うのだ。その “科学世界”を守ることそのものが主眼に置き換わっていた場合、一番大切なことが置き去りになってしまうのではないか?科学的態度の遵守は一見すると神への忠誠だけれども、科学そのものへの疑いを認めねば、科学の時代は終わってしまう。

現在、多くのヒトが抱える不安は、そのことへの怯えでは無いか?

では科学が元々何を目指していたかと言ったら、それはやっぱり「よく生きる」とか「人間が幸せになる」ことだったはずだ。今の科学が人の心をあまり幸せにできないのなら、そんなものは要らない。

この科学と人間の関係を、全ての科学分野の中で、最も早く浮き彫りにしたのが「心理学」だったのではないか?

これからの心理学(科学)がこれまでの心理学(科学)を讃え、今の心理学者(科学者)を幸せにしないんだったら、それはもう「私の心理学」ではない。

私が心理学を愛した記憶は失われない。自著を振り返ると、一貫性の無い主張が随所にあっても、心理学が好きだという思いに貫かれた過去であることには胸を張れる。

だって、自分で決めたことだから。自分で決めたことだから、死ぬまで愛すことができる。愛したものを否定せず、それが過去から未来にわたって素晴らしいと謳うことができる。そうやって見つけた自分の「物語」、心理学の「価値」を、自分の意志で人に説くことができる。私にとっての“心理学の魅力”は、その決められていた道を自分の意志で全うする中にある。


11.3. 戦争と心理学


日本国憲法 前文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。



ナチスドイツのアイヒマンの虐殺は最初、彼の自由意志の下になされたと思われていた。しかし戦後の裁判で、ヒットラーを含めた何かより大きな存在(例えば、集団意識)に操られ、受動的に人を殺していた面があることがわかった。

現代日本最高の哲学者 東浩紀は『平和と愚かさ』の中で、戦争を含めた加害行為には受動とも能動とも言えない「中動態的行為」として捉えねば理解できない面があることを指摘しており、戦争を含めた暴力的行為の加害者が「イヤイヤ悪いことをしてしまった」と感じるのは、その行為が中動態的なものだからだという。

東はさらに、これをフロイトの精神分析学の言葉“ 「超自我」のために、あるいは「父」のために自我を抑圧して殺す。”と同じだと言っている。

裁判でのアイヒマンの様子にインスピレーションを受けて実験を開始したとされるミルグラム。そして、その後の心理学者たちの再現されない実験の量産も、その文脈の中にあると私は考えている。

不幸がランダムに人間界に起こる。加害者は加害を意識しておらず、その不幸を記憶しないが、被害者はそのことを承服し得ない。だからそこに物語を見出し、語る。そうやって、戦争を体験した心理学者たちは、自らの被害性を加害的な社会に向けて発信し続けて来た。そこには常に加害者が被害者と同じ物語を語るようになることへの希求があっただろう。

だが、不幸の責任は被害者に無くとも、いつまでも立ち上がらないことの責任はあった。いつまでも被害者として物語を語り続けることは、加害側への転換を起こしてしまった。

どうすればよかったか?

2010年、前半に取り上げた認知バイアス「モンティホール問題」を、平和の象徴、鳩とヒトに30日間何度も取り組ませた実験論文が報告されている。

ヒトは、30日間の取り組みで七割以上が間違い続け、認知バイアスの解消は起こらなかった。一方、鳩は、初日にはヒトと同じで七割が間違えたが、30日目にはほぼ100%の確率で、正解が選べるようになっていた。

おそらく、鳩は余計なことを考えず、計算もせず、ただ餌がもらえる方を「感覚」で選んだのだろう。人間は、直感を抑圧し頭で考え、言語化し、間違え続けた。人間は煩悩愚息の凡夫で、宗教も科学も人が作ったものに過ぎない。


“Don’t think. Feel!”


理屈は、かなしみを癒やさない。

自分の心に向き合う。悲しみを認め、愛する。かなしみは自分を殺したりはしない。向き合わないからこそ、自分を含め人の心を殺してしまう。

「あの人はお子さんを失った。」「あの人は手を失った。足を飛ばされた。」

そうやって、次第に誰もが悲しみを表立って言えなくなり、「君死にたまうことなかれ」というかなしみを表明した与謝野晶子の家に、石が飛ぶようになる。気持ちを忘れろ、殺せという空気が拡がる。

美しい瞳の若い特攻兵たちは「唯キミのため、お国のために」と言って死んでいった。本当に守ろうと思っていた。だからこそ美しくあった。だが、人間に多くの感情を認めさせるような社会であったなら、結果はどうだったろうか?彼らは今も生きていたのではないか?戦後、知識人たちは口を揃えて言った「戦前にもっと大きな声を出すべきだった。」と。

今、その「空気」の頂点に居るものを、神、宇宙人、地底人、レプリカント、DS、運命と名付けてみても、結局「玉座」は空っぽなのだ。

ユングは、そのことを「集合無意識」という名で呼んだ。清々しいほど科学の言葉だ。これまでの宗教が産んで来た「偶像」の全てを玉座から降ろし、人間に平等に届けようとした科学の言葉、心理の言葉だ。

何か超越したものが人間を被験体に行う実験。 大江健三郎は、次の大洪水は原爆によってやってくると預言している。その追試に成功してはいけない。再現性の無い心理学を実現せねばならない。

そのために何をしたらいいのだろう?


「ノアだけはガチ!」

『僕という心理実験』287ページより


プロレスのリングの上では、正義と悪、決定論と自由意志の二項対立が既に超克されている。相手を殺さず、互いにいいところを引き出し合う。0と100のちがうものが、共に良いと和する場所を愛す。


「私は新しい日本で、心理学をやります!」


モノだけで幸せになるとか、サイエンスだけで幸せになるとかいう言説で、自分たちをごまかすのはもうやめないか?

それが嘘だって、いい加減わかっているはずだ。バブル時代の長者番付一位の豪邸の中には、かなしみがたくさんあっただけで、穏やかな幸福はなかった。本当だよ。

人生は一度だから美しいが、二度目以上の人生は、小説や映画から分けてもらえる。それでもわかっていない振りをして、まだモノ(金、脳、事実、科学)だけの充足をやろうとするなら、それはあなたそのものが自分の心、人間の心を無視しているんだよ。地獄で良いと諦めてしまえば、どんなに勝って見えたとしても、より深い地獄に落ち、また生まれ変わっても地獄になる。


“Show must go on.”  「ショーを続けなくてはならない。」


そんなことはない!私たちは一人ではないから。あなたが心の中にいつも居てくれるから。私たちは、私たち自身の物語をいつだってつむげる。

自分の人間らしい心を信じ、相手の心を信じる。例え暴力が選択される時があっても、それは怯えているから、かなしいからだと『悪人正機説』では、教えてくれる。浄土真宗の開祖、親鸞は「願いと定めをつなぐのは、祈りだ」と言っている。私たちは老いて死ぬ。だから次に精一杯託す。だからこそ祈りには力がある。その人間の血が通った「志」を先に生まれた者が、教え育てる。

 

日本国憲法 第二十六条

すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

 

高等学校を中退した 西田幾多郎 は、ある夜、画家青木繁の一編の詩を命を懸けて書きうつしていた。

故なくて 唯さめざめと泣きし夜半 知りぬ我 まだ我に背かぬ   青木繁

歳を重ね、学者として成功した幾多郎は、学術雑誌『思想』に「私の絶対無の自覚的限定といふもの」という論文を発表した。

“驚いたことに、ただの一行も理解することができませんでした。それにもかかわらず、わたくしは漠然と、そこにはわたくしを助けて、解きがたいあの問題の本当の解決に至らせる何かがあるに違いない、ということを予感したのです。”

これは九州大学図書館で、その論文に出逢ったときの哲学者 滝沢克己の感想だ。滝沢は、12歳の頃から自分はどこからきて、どこへいくのか?という問いに取り憑かれていて、大学の中で日々本質的な問いから遠ざかっていく自分に限界を感じていたという。後年、彼は西田哲学に関する評論文を刊行した。それを読んだ西田は後進の青年滝沢に手紙を書いて、言葉を送った。

「はじめて一知己を得。」

心に響く言葉に会えば、自由になれる。たとえ一瞬であったとしても、自由になれる。それを”ひかり”と人は言った。

本当のことから逃げ続けられるほど、人間は弱くも強くもない。役に立たなくても、お金にならなくても、本当に知りたいことを知ろうとする時間を人に与えねばならない。勇敢であろうとするにんげんに、励ましの言葉を与えねばならない。



「宇宙の謎」を解読しようとすることほど、無慈悲にして、かつ力強く、また素晴らしいものはないようだ。世界のもっとも偉大な思想家は――なぜ謎が解き明かされないかを語っているが――また解決したいという熱望は継続しなければならず、そして、人間の成長とともに大きくなるとも言っている。 知りたいと希うことは、将来の苦痛のおそらく最高の形式であるが、現在は不可能なことを成し遂げようとする力――つまり、今は見えないものを知覚する能力――の自然な発展を人類の内に強いることにならないだろうか。今日の私たちは、かつて存在しようと思い憧れてきた、当の私たち自身に他ならない。とすれば、私たちの事業の継承者たちは、私たちが現在なりたいと望んだものに、彼ら自身もなり得るといえるのではなかろうか?

博多にて 小泉八雲



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