おわりに
大切なことは目に見えない
この世界は本当は11次元かそれ以上なのに、私たちの理解は4次元的である。だから重力や時間のような余剰次元的存在の感覚知覚には個人差が生まれる。40名の平均値を取って見ても、その結果が世界の別のどこかで再現された確率は40%に達しなかった。でも、私たちは信じてきた。その出来っこない課題の先に、何かすごく素敵なものがあるって。なぜって、錯視はとても不思議でエッシャーはいつでも大人気だったから。そこには人生を支えるような面白さがあった。それを「人間の脳の誤作動」だと教えるのは嫌だった。そんな時、心理学者の野口薫が「錯視現象は美しい」という仮説を立て、実験で検証していることを知った。
九州には今世を代表する視覚心理学者 伊藤裕之が実験によって錯視現象を強めたり弱めたりする物理特性を、精緻に記録していた。錯視は物理刺激と知覚の乖離であるのにも関わらず、錯視の起こり方には刺激そのものの物理的特徴がしっかりと規定要因になっている。伊藤はそのことを30年以上、毎日丁寧に実験し、その結果をプロの査読で検討し、国際学術誌に論文として発表し続けてきた。それは東京大学心理学研究室で大山正が教えてきたことと同じだった。
錯視は物理的にはあり得ていない。それなのに、大切なことを感じさせてくれる。滅多に無い「目に見える大切なこと」だ。
J.J.ギブソンが言ったように、「私」と「物理外界」は循環し合って初めて「世界」を生む。11次元世界の外界を脳の窓を通して3次元解の知覚と4次元的認知に落とし込んだ、ホログラムだ。
「心理(ことば)」とはその相互循環の中で個人が生み出す5次元以上の何かだ。その中で特に目に見え、かつ他者と議論しうるものが「錯視」だ。だからそれは楽しく、美しい。人生を輝かしてくれる。同時にまだ言葉が足りない。確かなこと(ことば)が個人差(言葉)の波の下に、消えて亡くなってしまう。
それでも、心理学は「世界」と「私」の再理解を促し、全てを再構成するための一歩目となる。
迷わず行けよ、行けばわかるさ。
負けるな!
「大天井の扉、タケがあけたらいいんじゃない?」
1993年の福岡ドーム。柿落としの主賓席テラスに、親族が集まっていた。
14歳のアダルトチルドレンは、その役目から逃げ、弱い手力を嘆いた。
街の中央にある巨大スーパーから人が遠ざかり、家にいながらにして「欲しいモノ」が行動主義的AIによって提案されるようになった。その「未来」は138億年前から決まっていた。
でもね、私が憧れた科学者は昔教えてくれていた。
「君の未来はまだ決まってないということ。誰のでもそうだ。未来は自分で切り開くものなんだよ。だから頑張るんだ。」
エメット・ブラウン
“Back to the Future Part Ⅲ”より
決められた世界は、超えられる。そう信じている。だけど「自由意志はある」という仮説には、反証可能性が無い。科学者なら反証可能性が担保された仮説を立て、実験でそれを棄却し、その反対の事実を証明せねばならない。だからこんな帰無仮説(棄却されるべき仮説)を立てた。
「未来は決まっており、自分の意志など存在しない。」『心理学的決定論』
そこから『僕という心理実験』が始まった。『おどろきの心理学』に再現性が無いという弱点を、肯定し、強みに反転させることができれば、人間の意志の力で、決められたこの世界を跳ね返すことができるかもしれない。
毎日“心の現場”に出て、すごいと感じた人たちの背中を追った。体感がたくさんあった。それは人間を諦めない人間がたくさん居るということだった。本当に脳がシビれる心理学なら、それは科学より大きく資本主義を超えていける。
そういえば、心理学の父ウィリアム・ジェイムズも『信じる意志』の中で「自由意志の存在を証明することはできないが、それを 信じる意志 を持つべきである」と主張していた。いつだって、はじめに言葉があった。
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
『雨ニモ負ケズ』宮沢賢治より抜粋
このHPの文章は、カントの難解な『純粋理性批判』(1781)に書かれていることを単純な言葉に置き換えたモノだ。でもそれは、かっこつけがちな“科学”にずっと足りない要素だったと思っている。
心理学のひょうきんな姿勢は、「楽しさ」という価値が「正しさ」や「正確さ」を凌駕する“新時代”にふさわしい。
今のこの “分断” を止めるには、 「笑われているようで笑わせている。」そんな力が必要だ。遠藤周作は『沈黙』の中で、日本人は自分の内側に準拠すべき規範、すなわち神を持たず、他者の視線が行動の規範を促す部分があることを指摘している。日本に臨床心理学を興した巨人、河合隼雄は、そのことを日本の中空構造として紹介した。
しかし同じく心理学者の高野陽太郎は、日本人は元来集団主義ではないと主張していた。
だから、その中空に何が入っているのかを自分の目で見て学ぶ必要があった。
河合は日本人の心にあるその中空を、日本神話『古事記』における月詠の不在に対応させていた。
その ことば を起点にし、田舎道を歩いた。
鹿児島、大分、熊本、宮崎、壱岐、長崎、五島、佐賀、山口、広島、岡山、兵庫、滋賀、島根、鳥取、徳島、香川、高知、愛媛、奈良、そして福岡。
一曰。以和爲貴。 十七箇條憲法, 聖德太子.
負けるが勝ち。譲った者が本当は強い。

羅漢さんたちが失われてゆくものに祈ります。
戦うでもなく
奪うでもなく
取り戻すでもなく、
ただ祈ります。
その思想を国というレベルで体得してきた民の歴史。その学びが、1001回目の追試失敗の成功のために、世界全体に必要とされる。その時が来た、それだけだ。
強いものが黙するのは、自身の力がそのままでは「和」を乱すことを知っており、「和」というより高い準拠規範が、自己実現よりも沈黙を選択させるからだ。譲ることで静かに隠遁している真に強く聡い者たちは、無思考でいるわけではない。彼らは愛と喧嘩が別次元であることも知っている。全員が「楽しく」あることを目指し、それに「和」という名をつけているのだから、彼らは再び世に現れる。
先代が築いてきた心理学や心理実験の教養を活かしつつ、表立った数値や行動だけに捉われることのないあり方へ向かう。それは例えば、色というものを主観と客観、科学と芸術の双方で捉えつつ、みんなちがう言葉づかいでそれを表現しても、全体として和せるような社会を目指すこと。落ち込んでいる人の世界が色褪せていたり、楽しい気持ちの人がカラフルな世界に居てもいいじゃないと言える世界。十人十色でかつ一様な人間の皆から賛同を得られるような「全体」の構築を目指す世界。そんな当たり前のことを表に行動で表す世界。
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」
『農民芸術概論綱要』宮沢賢治
目に見える世界と、目に見えない世界。科学の平等と、芸術の力強さ。数学と文学。木花咲耶姫と石長姫。モノと心。あなたと私。
両者を統合した中庸は、個々の要素の寄せ集め以上の何かを産む。
父(これまでの世界)と子(今の世界)と精霊(心)、その三位がシンクロニシティを見せるShiny Nightに、<それ>は始まる。
This is the Answer to "What is Vection !?".
カウント2.99から、何度も立ち上がることで強さを示す<日本の心理学>は、“新しい人間観”を確立するために敷かれた<王道>だ。
人は弱いだけではない。「自ら信ずる者にしか他の人々に福音を届けることはできない。」
1995年1月、阪神淡路大震災が発生。多くの人が家と命を失った。
中内㓛は、ダイエー店舗に一晩中明かりを灯すよう、指示を通達。
「明かりをつければ、被災者たちの力になる。暗闇は人を絶望させる。明かりを消すな。」
僕は、彼のそういうところが誇らしい。
これがこの本の結論です。もし、この本を読んで心理学をもっと知りたいと思ってくれた人がいたら、放送大学でも図書館でも心理学を基礎からしっかり学べる道筋は日本社会の中に十分に構築されています。
この読み物は、大屋陸さん、豐丸阿蘭さん、本屋敷健太さん、水元嶺さんと、晴れた日に行った散歩の思い出から「99%のギャグとプロレス」を割愛し「1%のインスピレーション」を残して作りました。ですので、上記の四天王にはとても感謝しています。ありがとうございました。
お読み下さった全ての人が、人生を通して心理学を長く楽しんで下さったら幸せです。
陽なたの道の真ん中を、ズンズンズンズン歩け。ありがとう!
「真実はいつも一つ!」
2023年 大阪の研究グループがアメリカ ユタの砂漠で新しい宇宙線を発見し学術誌「Science」で報告した。観測史上最高強度のエネルギーを有したその光は Amaterasu Particle と名付けられた。 太陽フレアの活動は、その後さらに高まり続けている。
「すると高天原が鳴動するばかりに、八百万の神々が一斉にどっと笑った。」
もうすぐ、 天の岩戸から、
瀬織津姫が蘇る。