1. ストーリー先行型の心理学


1.1. 心理学と物語


 心理学者には伝えたい物語が先にあった。それが再現性の問題の一番の原因だと私は思うから、この文章ではそれを軸に展開する。

 1994年のサウンド・ノベル・ゲーム『かまいたちの夜』にはこんな言葉が登場する。



“あなたは多分どこかで、サブリミナル知覚という言葉を耳にしたことがあるだろう。気がつかない程度の刺激…潜在知覚とも呼ばれているものだ。聞こえないほど小さな音、認識できないほど短い時間だけ映しだされる画像…そういった知覚できない刺激が、潜在意識に影響を及ぼす。”


 ジェームズ・ヴィカリーによる実験(1957)では、ニュージャージー州の映画館で「ピクニック」という映画を見ている間に、5秒ごとに3ミリ秒の「ポップコーンを食べろ」「コカコーラを飲め」というメッセージを繰り返し提示した。観客はメッセージに気づくことがなかったのに、コーラの売り上げが18%、ポップコーンの売り上げが58%上がったという。いわゆるサブリミナルカットの実験である。

 だがこの5年後、ヴィカリー自身がこの話は、経営する広告会社が傾いたため、起死回生の話題作りに捏造したものだと自白してしまった。伝えたい「ストーリー」が先にあったのだ。

 新潟大学の鈴木光太郎教授は、再現性の問題が大きくクローズアップされる前の2008年の著書『オオカミ少女はいなかった』の中で、「ストーリー先行型」という悪習が心理学には常に見られてきたと指摘している。

 その最たる例が「オオカミ少女」の逸話である。1920年、インドでオオカミに育てられた二人の野生児(少女)が発見される。二人を連れ帰って熱心に言葉を教えてみたものの、全く習得がなされなかったとされている。

 この話は学習心理学の授業において、言語の習得には臨界期というものがあり、成長段階において適切な時期に適切な言葉の刺激を受けねば言語習得はなされないとする学術的仮説の証拠として教科書に載ってきた。しかし現在では、二人の少女は元々自閉症(を含めた精神障害)であり、言語能力に特殊さがあったのではないかという考えが、支持されている。そしてそういった特徴から養育困難とされ森に遺棄されてしまい、なんとか生き延びている間に発見され、人里に戻らされたというのが真相だろうと言われている。つまり“オオカミに育てられた”という部分は、“盛られたストーリー”だったのだ。



1.2. 戦争は良くないというメッセージ


 ナチスドイツによるユダヤ人大量虐殺の実行部隊にアイヒマンという男がいた。極悪非道な男とイメージされていたアイヒマンだが、戦後の法廷で彼の真面目さと弱さが明るみになるにつれ、多くの人が「この惨劇はアイヒマン個人の心の特性が原因ではない」と思い始めた。

 アメリカのイエール大学で社会心理の教授をしていたスタンレー・ミルグラム(1933-1984)も「人は権威者の奴隷に過ぎず、無思考に命令に従ってしまう生き物ではないか」と感じ、実験でそれを試す着想を得た。

 ミルグラムの通称アイヒマン実験(1963)では、人が権威者から下された命令にどこまで従順に従うかを調べた。

 実験に参加をお願いされた何も知らない被験者は、実験室に入ると架空の実験の助手をするように頼まれる。その架空の実験では教師が生徒をクイズ形式で試験するというカバーストーリーの下に進むのだが、実際には教師と生徒はサクラの役者で、実験目的を知って演じているだけであった。

 権威的に振る舞う教師は、生徒がクイズに間違えるたび電撃を与える。その発想自体がコンプライアンス違反だが60年代のことだから、一旦許そう。ここで被験者は、電撃のスイッチを入れる仕事を頼まれる。


 Eが教師、Lが生徒(ともにサクラ)。Tが真の被験者で電撃のスイッチを押す。



 電撃は15ボルトから始まり「危険」と記載された375ボルト、それを超えた435, 450...ボルトと全部で9段階用意されていた。教師はスイッチを押す指示を冷酷に出し、生徒は電撃に対し強烈に痛がる演技をする。

 事前に別の人たちにこの実験の結果を予想させたところ、ほとんどの人が「危険を超えた電撃を与える冷酷な被験者など居ないだろう」といっていた。しかし40人中26人の被験者が、450ボルトの電撃を指示通りに与えたという。

 だが残念なことに、この実験は再現性が疑われる最たるものとして頻繁に名前が挙がっている。

 ジーナ・ペリーによる2013年の書籍によれば、ミルグラムのこの実験が追試に成功しないという意見は1970年代からあった。実験者も被験者も「ストーリーありき」でそこに寄せるかのように“正しい結果”をつくりにいっていたというのだ。当時の実験助手だったタケオ・ムラタと被験者たちは「茶番だ」と思いながら、実験を遂行していたという。

 私が被験者で「電撃のスイッチを入れるだけの簡単なお仕事です。」と頼まれる場面を想像してみると、「ん?それ、私の役目必要?スイッチ押すだけの仕事?教師が自分で押したらダメなの?こわいなぁ、こわいなぁー…」とその場でなるだろう。

 始まりから違和感があり、それが関係各位の演技力や熱心さによって、上がり下がりしてしまう構造がある。そしてそれがそのまま追試における再現性の上がり下がりに連動していることにも気がつけるだろう。

 この時点ですでに、一定数の人が「これはもう科学ではない。」と言い始めるだろう。「そもそも、追試ができる・できないという次元の実験ではない別の何かだ。例えば演劇だ。」と。

 戦後、ファシズムや軍国主義の反省で、人の弱さについてきちんと知らねばならないという思いを持つ人たちがたくさんいた。ミルグラムの父と母はユダヤ系アメリカ人だった。

 ミルグラムにハーバード大学で心理学を教えたソロモン・アッシュ教授は、ドイツに侵攻を受けたワルシャワ(ポーランド)に生まれ、1920年にアメリカに亡命していた。彼にも、再現性が疑われる「同調実験」(1956)という作品がある。

 同調実験では、1人の被験者に対し、7人のサクラが部屋に集められた。一本線が提示された後消され、「先ほどの線と同じ長さの線は3本のうちのどれでしょう?」と尋ねられる。正解はあきらかにCだが、先に回答するサクラ6名がAないしはBに一定比で間違える。被験者は7番目に回答し、その後8人目もまた決められた回答をし、その一巡作業を20回ほど繰り返す。


(元論文より図を転載。)


 途中からサクラはギアを上げ、全員がひくほど間違うようになる。すると被験者は内心「間違っているのに…」と思っていても、サクラに同調し37%の割合で誤答するようになったという。一度も同調しなかった被験者は全体の1/4のみだった。

 このアッシュの同調実験も追試に成功しないことで有名で、私自身大学の授業で何度か追試を試みたが、うまく再現できたことが一度もない。

 普通にやるとサクラの挙動の不自然さに気がついてしまう。誤答が続くことで現場に生じる「え?みんな…どうしちゃったのぉ…」という空気感を越えていけなかった。

 しっかり「演技」しなければ、追試に成功しない。このことは、そのまま追試不可能性や追試の意義そのものを疑う構造となっている。

 もう一人、ミルグラムと高校で同級生だったスタンフォード大学の心理学者フィリップ・ジンバルドーも、スタンフォード監獄実験という、再現性の疑われる実験を1971年に実施している。のちに映画『es』として世界中に知られる有名な実験だが、初めから実験者側に思い描く結果があったと言われていて、記録に残らない所で、実験関係者が被験者たちを煽動していたという噂があった。

 実験は実際の刑務所の中で行われ、11人の看守と10人の囚人に別れ、それぞれの役割にふさわしい演技をしながら生活をしてもらうというものだった。初日から予想を超えて役割に徹する者が現れ、虐待や精神的逸脱が見られるようになる。例えば素手でトイレ掃除をさせる精神攻撃や、禁止されていた物理的暴力も生じてしまった。発狂した人もいたとされ、14日間実験期間が準備されていたのに6日目に実験が中止された。

 被験者は「こんなの良くないなあ」と感じていたが、自分たちでは制御できなかったという。ジンバルドーはこのことから「命令で役割を与えられた人間は同調と思考停止から元来個人では選択しないレベルの暴力、および被暴力行動を自ら取ってしまう」と結論づけた。

 ここまでの3つの実験は、人は権力者・集団・役割という権威からの命令に従って無思考になるが、それは権力側だけでなく従属側にも起こるとまとめることができるだろう。戦争による大量殺戮。「人は弱い」だから気をつけねば過ちが繰り返される。そのメッセージが、先にあったのだと思う。

 ヒトラーの文学『我が闘争』は、多くの若者の心を支配し、たくさんの人を殺した。一方でトルストイの『戦争と平和』は、ソビエトの戦争を止めることができなかった。

かなしみを身近に見た者たち(特にユダヤ系アメリカ移住の学者たち)は、戦後「科学」という土俵を試し始めた。「科学」には「再現性」という説得力があった。その「科学的エビデンス」が信じられないほど驚くべきものだったとしても、「再現性がある」というお墨付きがあれば、それを信じねばなかった。

 さらに1970年代以降は、ゴールデン・エイジ・オブ・サイエンスとも言える時代だった。世界中で“科学”をしっかり身につけた人が激増し、グローバル社会における共通言語であり新しい「神」としての“Science”に力を感じた。

 人間は放っておくと大きいものに支配される。戦争を知っている人がいなくなったら、また戦争になる。そういう文学の中にあった「言葉」に対して、科学的エビデンスを実験で提示すれば、届かなかった文学の言葉をサポートし、「今度こそ戦争を止める」という未来を実現できるかもしれない。そんな気持ちが先走っていたのだろうと想像するが、この意見もまた「物語」の域を出ない。

 2000年代からの10年間「ストーリー先行型」の心理学は最盛期を迎え、「10円玉が100円で売れるような魅力ある論理展開で論文を!」というムードが心理学の業界に蔓延していた。「面白く書く」ことが一つの才能として評価され、私はその恩恵を受けてきた。

 ストーリーが先行すれば、それを成立させる実験はただの課題に見えてしまうことがあった。「その結果は絶対に得られるはず」という信念があればあるほど、効率的な実験の実施(具体的にはより少ない被験者とより短い実験時間で結果を得ること)に邁進してしまう。具体的には、実験者が被験者にバイアスを与えたり、被験者数を恣意的に決めたり、都合の悪いデータをなんやかんや理由をつけて削除してしまうことが選択されてしまう。それは自覚的なものだけでなく、自覚されない不純さの下にも為されていた。罪は償わねばならないと思っている。だがその前に私が愛した「物語」をきちんと書いておきたい。






2.  過去を振り返る へ続く