九州大学芸術工学研究院 知足美加子 →Buck
農業生産生態学がご専門の中司 敬先生(九州大学農学研究院助教授)とのご縁で、作品を農学部附属農場に設置することとなった。先生は今、農業に「心」という視点をとりいれようと様々な試みをされている。そのひとつが「農業生産の場における芸術体験」である。

農業と芸術に共通するものは、無から有を生みだす「命の創造」である。流通や栄養学などによってとかく数字に換算されることが多い農産物も、深く考えれば場と植物が「生きる力」に人間の手をそえた創造物である。農産物はそれぞれ、天候などの自然の諸条件を形に残しながら月日を重ねる。次世代へ命をつなぐ ー その願いや祈りが集積したものが、米であり野菜であり果実である。

それらのエネルギーを人間は体内に譲り受けることによって、生き延びることができる。つまり命を繋ぐ力を、途中で拝借しているという感じだろうか。このように読みかえると、食品は単純なカロリーや値段ではないことに気づく。食べるということを契機に、自他の命への想像力を大きくおしひろげることができる。

このことを実感として感じるには、どのような経験が必要なのであろうか。まず農業生産の現場に自らの足で立つこと。土に触れること。一粒の種が実を結ぶまで責任をもち、それを食することができれば効果は高い。また重要なのはコンセプトを投げかける「導き」の存在である。食に関するインストラクターやワークショップがより必要性を増すだろう。しかしこれらのことは、農業生産の場に人々の意識が向かなければはじまらない。その手だてのひとつとして、中司先生は芸術の持つ魅力に注目しているのである。芸術のおもしろさや美しさは人々を惹きつける力がある。また新しいものの見方を楽しみながら感じさせることが可能だ。正しさのみでは、人の心の深い部分に届きがたい。

中司先生が農場での美術作品展示に関心をお持ちだと聞き(九大広報の表紙に載った私の作品が、先生の目に入ったことが契機)私の方からいくつかの作品寄贈を申し出た。私の作風は土着的な要素が強いからだ。北海道の輓馬をモチーフにした作品が一番に頭にうかんだ。農業生産の場において芸術を媒介に人々が出会うこと。それを地産地消の食育にまで高めていこうというのが先生のお考えなのだと理解している。

先生や技術職員の方々、学生さんなどのあたたかいお力添えのもと、作品「ばんば」が設置された。(2004年 9月)このころ私は妊娠後期だったので台座の制作などはお任せしてしまった。水田の真ん中に設置するという斬新な構想をお聞きしたときは、農作業のじゃまになったら申し訳ないと思った。しかし産後、写真をいただき感嘆の声をあげた。苗や稲穂に揺れる大地に展示されるということは、どんな人工的空間にも勝る感動を与えてくれる。これ以上ありがたいことはないと感謝した。ここから始まる何かに、心から協力したいと希望している。

現在 社会連携事業「芸術文化を取り込んだ先導的な食育と地域農産物のブランド化」実行委員会に関わっています。(2006年)

この事業の一環として、上記の「ばんば」と対になる「寒立馬(かんだちめ)」の木彫を制作中です。→制作日記「寒立馬」