河合正嗣 絵画展07' " YOU LIVE NOW"
「病院全体が展示会場。サイト・スペシフィックな展覧会」
昨年、NHK総合・プレミアム10で全国放送されたドキsュメンタリー「この世界に僕たちが生きてること」で、紹介されましたアーティスト河合正嗣氏の絵画展を開催します。代表作「110人の微笑む肖像画」をはじめ、油彩画や双子の弟・範章氏の遺作を含めた全85点の作品を展示します。
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→展覧会HP →論文「障害者の他者性と芸術表現」(知足美加子)
展覧会をみて
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九州大学芸術工学研究院 知足 美加子
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鑑賞者たちは、そっと作品に関わっていた。
横をとおる車椅子、検査や治療を待つ人、医療スタッフ、見舞いや付き添いの人。命に寄り添う現場の静かでダイナミックな雰囲気。病や生死に近い場にいるという病院の雰囲気にのまれる感じだ。病院関係者と自分たちの空気感の違いを、鑑賞者は肌で感じとっている。その場で働くスタッフ、入院していた人々が絵の中からこちらをみつめ、微笑んでいる。作品のひとつひとつに寄り添い共鳴する時、その場に刻まれた何かに触れることができる。 ひとつひとつ出会いやエピソードを愛おしむように、タッチがおかれている。ごまかしや投げやりな線がない。次のタッチとの間にある河合正嗣氏の時間と集中力が、そのまま絵の中に残存している。 河合氏はデュシェンヌ型筋ジストロフィーを患いながら、入院患者や病院スタッフのデッサン「110人の微笑む肖像画」を描き続けているアーティストである。(2007年9月現在55人の絵が完成) 入院患者は各自のナイーブな事情や弱さをさらけだしながら生活空間を共有している。河合はそれを絵そのものというより絵のあいだにあるもので表現しようとしているようだ。入院病棟内の関係性から(病院外部の)薄れゆく繋がりを指摘する、と彼はメール内で言及していた。内部の目線を内部に還元することで外部に発言するという構造は、斬新である。 彼の場合「障害」が問題の中心ではなく、その困難によって熟成された眼差しを他者と分かち合うことが重要なのである。河合氏の作品が、いわゆる倫理的な障害者芸術観を払拭しているのはまさにこの点である。慈善的に障害を前に押し出すことも、逆に障害を執拗に否定することも、いずれも「障害」に囚われていることに違いはない。彼はただ人間として普遍的なものに向き合っているのだ。 病院内に外部のものとして鑑賞者は訪れる。どんな美術施設にもない命の現場のリアリティと作品群は、観るものの深い部分に静かに届く。この展示空間は、彼の生を支えた「関わり」と「場」にとって痛いほど必然的(サイト・スペシフィック)だ。私はこの必然性の強さに圧倒された。 人は繋がりがあるから生きることができ、死ぬことができる。使命がある芸術に出会えた喜びを抱き、足助病院を後にした。 (文責 知足 美加子) |
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河合正嗣 「110人の微笑む肖像画(部分)」2003年〜
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河合正嗣氏との対話
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来てくださる方々が、礼儀正しく鑑賞してくれること、トラブルが起きていないことに感謝しています。「元気が出ました」と言ってくださいます。
作家の仕事は、ただ描くことだけではないのです。発表する場や、どう展示するかを考えることも重要です。展示をイメージしながら描くのです。 「110人の微笑みの肖像画」の展示は、足助病院以外には考えられませんでした。病院の空間全体からの発信。実験的な試みなのです。 肖像画の瞳は、写真を見ずに描きます。瞳の表現は、自分で作るのです。表情などは意識しないで、まず瞳を描きます。 病院は文化を発信していると思います。人生学を学ぶところなのです。人は病を抱えるとき、必ず自分の弱さ、醜さに出会います。苦しみを受け、生死に向き合います。 人は存在する限り、何かに影響を与えているのです。例えそれが悪い行いであっても、他者に影響を与え、人類全体として何かを得ています。一人一人の営みは関わりあい、時間を越えて繋がっています。「生きている」とはそういうことなのだ、と僕は考えています。それが展覧会のタイトル「YOU LIVE NOW」に込めているものです。 これまで僕は傲慢だったと思います。自分を出すことを中心に考えていたからです。今回の展示で、やっと「自分」を消すことができました。意識していないところに、自分が表れたかもしれません。自分を消すとき、人々が想像力を喚起する隙間が生まれます。 作品が一人歩きをし始めたと感じています。今度の展示を「個展」と言われると違和感があるのです。プロデューサー、病院スタッフ、学生たち、デザイナー・・・。関わった人全てが主体となって動いています。みんなの存在がピラミッド構造のように響きあっているのです。 健康な人も、病に伏した人も弱さを抱えています。そこから出発し、共鳴し支えあうことができるのではないでしょうか。それが病院全体が発しているメッセージなのです。 (2007年9月5日 高橋氏と共に 入院病棟にて) |
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高橋伸行氏との対話
展示プロデュース/アーティスト、名古屋造形大学准教授 |
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会期中は、鑑賞者8人に案内者1人という割合で、30分ごとに案内をしています。患者さんに配慮し、すべて予約制です。外来だけでなく入院病棟にも展示し(鑑賞者は入院病棟には入らない)
病院全体の発信としています。「作品と場」の繋がりを大事にしています。作品のモデルは、河合さんと関わりのあった、その場で働いている(いた)人であり、入院している(いた)人です。だから展示会場は足助病院以外に考えられません。 この空間は単なる物理的空間ではないのです。そこで刻まれた「時間の記憶」が残存している場です。鑑賞者の方々の案内は、学生にまかせています。まとめ役の川島君は、病院の院宅(病院関係者の宿泊所)に寝泊りし、展示会を運営しています。院長や職員の方々にお昼などお世話になっているようですよ。 足助病院とは「やさしい美術プロジェクト」を通して、6年前から関わっています。関わらせていただけるのは、早川院長の病院づくりのコンセプトや彼自身の人徳のおかげです。病院スタッフの方々と共にバーベキューをやったことがあります。その時、「作業療法のぬり絵の図案をもっとおもしろくしたいんだよね」など、現場の声を聞くことができました。 展覧会の企画に関しては、河合さんとのメールのやり取りですすめていきました。彼は、生きることを「世代を超えた繋がり」と表現しています。この展覧会の経緯のドキュメントがニュース番組(NHK)で、8月28日に東海地方に、9月4日に全国に放映されました。病院に鑑賞者が押し寄せる事態に配慮して、放映は河合さんと早川院長の判断で一般公開希望の受付締め切りの2日前にしてもらいました。 (2007年9月5日 足助病院内にて) |
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