芸術とヘルスケア・パネルディスカッション
「あいだに在るもの」
山口進一氏 ALS患者(筋萎縮性側索硬化症)>山口氏の紹介
■...こんな面白い話はめったに聞けないと、パネラーのお二人(野村氏、秋田氏)のお話につい聞き入ってしまい、これから私が話そうと思っていたことを全部忘れてしまったのですが...(笑)。気を取り直して話そうと思います。ALSの山口です。皆さん、ALS患者を見られるのは初めてだと思いますが、今日はじっくり見ていってください。ただ私は普通のALS患者と、ちょっと違う。普通はもうちょっとおとなしい。(笑)
■まず、ショッキングな写真をお見せすることになるのですが、この方はALSの重症患者さんです。
歩きにくくなったり話しにくくなったりと、ALSはいろんなところから進行しますが、最終的にはみんなこうなります。全身の筋肉がピクリとも動かない。見た感じは植物人間ですが、この方の頭脳は全く正常なのです。目はまぶたを誰かが開けてやれば見えるのです。耳も聞こえます。かゆさ、痛さもよくわかります。でも自分で掻けない。とまったハエをはらうことすらできない。誰かにはらってほしいと伝えたくても、一言も話せない。つらいですよね、やはり。
皆さんもこの状態を体験することができます。一番楽な姿勢でベッドに横たわり、微動だにしないで一時間過ごしてください。たぶん10分も我慢できないと思います。10分もしないうちにどこかが痒くなる。それを訴えることができない。動けないということもつらいのですが、それを表現することができないというのが、一番つらいことなのです。しかし最近のデジタル機器の発達により、このような方でも、意思を伝えることができるようになってきました。これが我々の救いなのです。
■これから、私が知っているいろんな患者さんを紹介していきたいと思います。まず、山形県の叶内さんという方です。3年前、ちょうど私が自分のALS発病を知った直後だったのですが、この方が「徹子の部屋」に出演されました。非常に感動的な番組で、ALS協会の会員が5000人から、一挙に2000人も増えたといいます。叶内さんは自分の病気を知ってから、一度は死を決意
したのです。死にたい、役に立たない体で生きているのはかなわない、と。でも「私のために生きてください」という、奥様の一言で死を思いとどまったのです。彼は今ALS協会の副会長をされており、マイクロバスを改造した車で全国のALS患者さんを訪問しています。多くの患者さんを勇気づけ慰めるという感動的な活動をされています。http://www.jade.dti.ne.jp/~jalsa/(ALS協会HP)
■次にインターネットを通じて知り合った友人たちを紹介します。宮城県の鎌田さん。
この方は3年前に気管切開をしたのですが、特殊な機械を通して話せます。この方の声を聞いてください。(鎌田さんの声)「こんにちは山口さん。これが呼吸器をつけての言葉です。空気が少しもれる音が聞こえると思います。スピーキングバルブもいいのですが、こちらもいいですね。」この方は農業家で、発病後コンピュータを勉強されました。画面上にキーボードを表示し、手を離すとスイッチがはいるようにしてコンピュータを使いこなしておられます。いろんな情報はこの方から教えてもらうことが多いです。この方、アイガモ農業をしておられる。雑草や虫をアイガモに食べさせる無農薬農法なんですが、このお米が非常に美味しい。我が家では、新米の季節を楽しみにしています。秋の取り入れが終わると、アイガモは食べてしまうんですね。(笑)なんて残酷なことするんだ、と文句を言っていたのですが、去年アイガモの肉が送ってきたので食べたら、ものすごく美味しい。(笑) http://www.isn.ne.jp/~kamata
■それから、石川県の西尾さんですが、目だけがわずかに動くという方です。瞬きでスイッチがはいるセンサーを使っていたんですが、瞬きもできなくなってしまった。落ち込んでいたん
ですが、ある時眼球の動かし方でスイッチが入ることを発見したんですね。西尾さんは去年の3月に亡くなられたのですが、その半年前に彼が書いた文章をみてください。(音声合成システムによる朗読)「ノ私が白馬に行きたかった理由は、冬季オリンピックで原田選手や舟木選手などが跳んだあのラージヒルが見たかったからです。私はALSで胆管ガンと告知されノ」この文章を書くのに、どれくらいの時間がかかったのでしょうか。たぶん一ヶ月はかかっていると思います。ものすごい忍耐力です。非常に立派な患者さんがおられるということです。 http://www2.nsknet.or.jp/~k-nishio/
■これは東京都の橋本みさおさんという方です。32才の時に発病され、現在46才。当時小学生だった子供さんが京都の大学に入学されました。この方はコンピュータも使えますが、通訳の方法がすごいのです。橋本さんが母音の形に
口を開くと、通訳の方がその子音を発音し、目的の言葉がでたところで瞬きをするのです。電話をかける時の様子の映像をお見せします。(映像)ゆっくり話すひとだったらこの人にはかなわないほど、ものすごく早く話します。この人のホームページがあり、そのサイトのページ目に詩が書いてあります。(音声合成システム)
「ほやほやの患者さんに
あなたがALSと告知されたら、 しっかり はっきりなさいませ
あなたがALSでも、そうでなくっても、 きっと明日は来るのだから
しっかりなさいね 大人でしょ
強くなれとはいいません でも 甘えてはいけません
あなたが病気になっただけで 病気はあなたじゃないのです
病気はあなたの一部だけど けっして 全部じゃないのだから
ハイと イイエを はっきりさせて 周囲を楽にさせましょう
私は ぐずが嫌いです」怒られているような詩ですけど、人を楽にする時にこうして怒る方法もあるんですね。少なくとも私はこれを読んで、とても楽になりました。 http://plaza9.mbn.or.jp/~sakurakai/index.html
●次は千葉県の照川さんですが、この方のすごいところは、病気になってからパソコンを使って「碁」を勉強し、5段を取られたことです。インターネットでこの方と碁ができます。段をとるのに16万円かかるので「障害者割引はないのか」と申し出たらしい(笑)。初めてのケースだったそうですが10万円に割り引きになりました。(笑)
■それからこの方は私が通院している病院にいらっしゃる、福岡県の三牧さん。3年前にお会いした時は、みるからに暗い感じでした。私の影響もあって院長先生が、彼にインターネットを勧めました。この病院、私は日本一だと思っています。患者のためなら何でもする病院です。病室に回線をひきインターネットを始めると、みるみる明るくなったのです。この方、英語がとても得意な方です。またパソコンを使って作曲をされます。自分で作った曲をホームページで紹介されています。(曲紹介)この方と私のメール
交換は、2年前から始めて今日まで1041件。私も若い頃、好きな人と手紙の交換をしたことがありますが、こんなに交換するとお互い飽きてしまいますよね。(笑)不思議なことにこの方とは飽きない。私の影響でこの方もダイエーファンになられまして(笑)、試合結果に一喜一憂の毎日です。三牧さんの頭についているもの、これがマウスです。ディスプレイに超音波の発信機がついていて、頭部に三つの受信機があり、首をふるとマウスのカーソルが動きます。(首を振りながら作曲している映像と音)
■この方は仙台の和川さんですが、3年前に発病、2年前から奥さんとの会話が途絶えていました。最近、脳波を使って会話ができるようになりました。額に器具をつけ、緊張するとでるベータ-波をつかってYES NOを伝えられるようになった。これはNHKの番組です。「どうしても夫の意思が知りたい。初美さんは脳波を電子音にかえる装置が開発されたと知り、望みをかけました。初美さんは50音をすべて読み上げ、反応があった言葉を繋げて夫の意思を知ろうとしています。...」一見簡単そうにみえますが、この状態になった患者さんが使いこなすのは至難の業。半年ぐらい訓練してできるようになったのです。日本のALS患者で使いこなせるのはこの人だけです。
■この方は有名なホーキング博士です。彼と同じ病気だというと大抵の人がALSという病気
を納得してくれます。これはホワイトハウスでパソコンを使って講演されているところです。(講演の声と映像)電子合成音で、世界のあらゆるところで講演されています。
■59年前に亡くなられた、アメリカのルー・ゲーリックという方を紹介します。高潔で素晴らしい大リーガーの選手でした。36才でALSを発病され、2年後になくなっておられます。アメリカではALSのことをルー・ゲーリック病といいます。
■いろんな患者さんを紹介しましたが、私の紹介をします。これが私のパソコン環境です。一日中パソコンの前に座って作業をしています。(画面にキーボードがあり、バーを動かしてクリックする)昔は一分間に300字は打てたのですが、いまは一秒に一字、しかも5分打ったら10分休まないときついですね。昔のことを思うとイライラしますが、他の患者さんのことを思えば私はまだまだ元気です。いつまで話せるか分かりませんが、ALS患者には珍しく私はまだ話せますからいろんな所で講演させていただいてます。ALS患者の集まりなどではパソコンを通じて社会と関わりを持とう、という話をします。医療関係者の前では、ALS患者の手助けをするために周りの人々がパソコンを使いこなしてくださいという話をします。それから専門学校の学生とか一般の人々の前ではALS患者が懸命に生きている様子を見せ、生きるということはこんなに大事なことなんだよ、という話をします。今年中に、デンマークのALS国際シンポジウムに参加するという大きなイベントを抱えています。今週は初めて小学生の前で話すことになり、どうしたものかと頭を悩ませています。 http://www.fsinet.or.jp/~makosanz/als_page.htm
■最後に意思伝達装置についてお話しします。意思伝達装置というのは世の中にたくさんあり、こんな声が出ます。(装置の音声)「これは新しい音声合成システムです」私は声が出なくなっても、こんな声で意志を伝えたくない。自分の声で伝えたい、と思っているのです。ALSに罹って間もないまだ元気な頃に、自分の声をたくさん録音しておけば話せるんじゃないかと試したものです。これは電話を想定して収録した声です。(山口氏の声)「もしもし、山口です。お元気そうですね..。」ところがこんな語句は数限りなくあるわけです。話せなくなった時のための言葉の全てを、今思い浮かべることなんてできない。あいうえお、をそのまま録音しておけばいいと思われる方もいるかもしれませんが、するとこんな声になるのです。「お・は・よ・う (<語句の間が間延びしている)」これは確かに私の「声」ですけど、私の「言葉」じゃないですよね。
そんなとき、ニック・キャンベルさんという方にお会いしました。日本で「チャター」という音声合成システムを研究されています。パソコンで文字を入力すると、チャターが私の言葉で話してくれると言うものです。日本語は50音だけでなく、一万何千という音があるそうです。それらの音を合成するシステムです。これは黒柳徹子さんの文章です。彼女の朗読テープから音を拾って声を合成したものを、黒柳さんに送付したところ、返事がきました。チャターを使ってこの手紙を読むとこうなります。(黒柳徹子の声)「私の声のテープを聴かせてもらいました。声、息の抜き方、息の切り方もよく似ています。」もう一人慶応大学のSFCにおられる飯田さんという方を紹介しますが、この方はニック・キャンベルさんのシステムにさらに感情という要素を加えようと研究されている方です。同じ文章を悲しい声、喜んだ声、怒った声に分けて伝えようとされています。
私はぜひ両氏の研究に関わりたいと、強く申し出ました。そうしたら私の声で合成してくれることになったのです。まず声のデータをとる必要がありました。両氏と共に、九州芸術工科大学の立派な無響室を使わせていただきました。全ての音片(おんぺん)を含む文章を録音していきました。(音声のデータ収録風景の映像)そして、つい一週間ほど前に私の声の音声合成システムができました。私の声に似ているかどうか聞いてみて下さい。(チャターの声)「私もいつかは声が出なくなり、意思伝達装置が必要になります。その時にあの無機質な声ではなくて、自分が元気な頃の声で話せたらどんなによいか、と考えました。...」まだまだ改良する必要がありますが、このチャターがあれば声を失った後も、今日のような講演ができるのです。将来に非常に希望を与えてくれる装置です。
■今日のフォーラムのテーマは「あいだに在るもの」です。あいだに在るものってなんだろう、と色々考えましたが、ALS患者にとって一番大切なものは「重症になっても社会との関わりを失いたくない」ということです。そのためにあいだに必要なものとはIT:情報をうまく取り込むということが大事なのだと思います。このフォーラムのパンフレットの表紙の詩、私はとても気に入っているのですが、最後に私の声でこれを読み上げてみようと思います。
「あいだに在るもの
ひととひととをつなぐもの
ものとものとをつなぐもの
おもいとおもいをつなぐもの
その存在がどんなものであるかはわからない
だけど、見えないちから
たしかに“ある”ような気がします」
どうも、ありがとうございました。
2000年10月7日 福岡アジア美術館 あじびホール