《ハシビロコウ》 Shoebill

 

 今年の春、TVでハシビロコウという鳥の特集を見て目が釘付けになった。川辺にスッと立ち、じっと動かずに、肺魚が水面に浮かんでくるのを待っている。ものすごい存在感である。彫刻では「心棒」が大事だといわれる。「心棒」とは、「重心の通る線」という意味だけではなく「存在の核」となる大切なものをいう。ハシビロコウが狩りをする姿はビシッと決まっていて、まさに心棒がとおっていた。凄みのあるカッコよさ、とでもいうのだろうか。

 実物がみたくなり、島根にある松江フォーゲルパークまで車で移動。ここのハシビロコウの名前は「フドウ」というそうだ。英彦山神宮に《鬼杉不動》をおさめたばかりなので親しみを感じる。福岡から6時間かけてきたものの、ハシビロコウには後ろを向かれたまま。でも微妙にこちらを意識している感じが伝わってきて、なんともいえない愛らしさを感じる。その孤高の存在感と、照れ屋の「アリガトウ」をあわせもつような雰囲気を作品にこめた(木目が涙のあとのようだが)。

 素材は、2017年九州北部豪雨災害の流木を用いている(右足の太腿あたりに鉄の異物がくい込んでいた)。あの流木から6つの彫刻(《朝倉龍》《福太郎童子》《彼岸フグの呼吸》《拈華微笑》《母の膳》)が生まれたことになる。愛されるものに生まれ変わってほしいと願っている。法隆寺の建材である樹齢約200年のスギは、伐採されたあと、寺の一部として尊ばれながら千年以上の命を生きながらえている。倒れた木の命を尊いものに変えていく力が、アートにはある。これからは、木などの自然物を経済的な交換価値ばかりでみるのではなく、愛や尊敬、感動を媒介する経験価値としてみることが一層大切になるだろう。

 

 

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