九州大学 教育研究プログラム・研究拠点形成プロジェクト P&P

地域の音楽文化創成のための文理融合的視点による
持続可能なコンテンツの提案

研究目的

 本研究は,国が平成23年に閣議決定し発表した「文化芸術の振興に関する基本的な方針(第3次基本方針)」に基づき,「音楽文化創成のための文理融合的視点による持続可能なコンテンツ」に関する理論的な枠組みやコンテンツづくりの具体的な方法を,実践を通して提示することを目的としている。国が提唱する基本方針においては,文化芸術立国を目指すという力強い目標の下,文化芸術への積極的な支援,人材育成や国際的な発信力の重要性が論じられている。さらにこれらに加えて,基本的施策の中に情報通信技術の活用を推進することが謳われていることも大きな特徴である。本研究では,芸術的な観点に加えて音響に係る工学的な観点からの考察や実験的試みを加えることで,従来の形式のコンサートなどに加えて,これまでにない形式のコンテンツを提案することを試みる。
 なお,本研究における「コンテンツ」とは,作品のことだけを指すのではなく,音楽イベント(音楽会,音楽祭,CD製作など)をも包含した広い概念である。作品そのものを意味する時には「音楽コンテンツ」という語をつかう。研究の対象となる音楽コンテンツは,市場原理と直接的に関係する商業音楽(ポピュラー音楽)以外の音楽,すなわちクラシック音楽や現代音楽,伝統音楽などを指す。また持続可能なコンテンツとは,文字通りの意味とともに,仮にコンテンツ自体が表面的に形態を変えても,「枠組み」とそれを支える基本的理念は変わらずに保持し続けることが可能なものを指す。

 この全体的な目的の下に,以下の五つの目的を設定する。

目的1:市民が音楽文化を享受する権利についての公的枠組みの研究調査

なぜ音楽文化創成が必要とされるか,及びなぜ音楽文化創成に公的支援が必要とされるか,についての理論を構築する。そのために国の文化施策方針や地域の文化振興に関する条例等の公的資料を調査研究する。またその理論の出発点となるべき思想についても研究し,音楽文化創成の必要性を哲学的に論考する。

目的2:日本国内及び海外の音楽文化の現状調査

日本国内及び海外の音楽文化創成に関する公的支援の実態を明らかにする。その場合,現地に出向いて音楽祭などを調査し,文献調査のみでは得ることができない個別の情報も積極的に活用する。また,公的支援の実態を明らかにするとともに,支援の結果としての個々のコンテンツの評価についても,音楽文化創成の観点から,分析する。

目的3:音楽施設の工学的視点による実態調査
日本国内及び海外の音楽文化創成の拠点となる施設の場所,種類,設備等について工学的視点から調査を行い,その舞台機構や音響などの特性を明らかにする。そしてそれらの特性がその施設で創成されるコンテンツとどのように関係しているかを明らかにする。ホール・劇場においては,一般的に響きの量と質が重要であり,通常建設前に十分な「設計」が行われる。場の個性とも言えるこの響きを活用したコンテンツが実践されているのかどうか,音響測定と関係各所への聞き取り調査によって,両者の関係を整理したい。

上記3つの目的は,いわば研究全体への入力であり,以下二つの目的は出力に相当するものである。

目的4:音楽文化創成についての工学的視点からの可能性の追求


 音楽文化創成の拠点となる施設の設備や機構のさらなる活用方法を,コンテンツづくりの可能性と結びつけて,工学的視点から研究する。具体的には,十分な響きが確保されたホールなどで行われる音楽コンテンツと演奏されている場の音響情報の双方を,高いクオリティで遠隔地に伝送・再現することなどが一例として考えられる。これは著名なホールにおける著名な演奏家の演奏を,遠隔の場に,あたかも眼前で演奏しているかのような高臨場感で再生するシステムの構築であり,将来的に大きな拡大が期待できる分野である。このような応用における効果的な音の収録方法,再生方法に関する研究を進める。さらに,このような工学的観点からの考察は,遠隔地における合奏を通して新しい形態の音楽を創造するなど,同様の機材を用いた新しい形態のコンテンツづくりの可能性を有している。
また音楽コンテンツの創作に関しても,工学的技術を積極的に取り入れた作品を創作発表する。具体的には音楽系メディアアートやソフトウェアアートと呼ばれる領域であり,福岡のIT産業やゲーム産業とも連動するものである。

目的5:音楽文化創成のためのコンテンツづくりおよび提案


上記「1.」から「4.」までの目的に基づく調査研究とその成果を通して,音楽文化創成へ向けた指針を作成し,その指針に基づいて音楽文化創成のためのコンテンツづくりを実践する。その際,平成19年から23年にかけての九州大学大学院ホールマネジメントエンジニア育成プログラムにおける実践成果を活用し,主に福岡市とその周辺地域での音楽イベントを行う。この実践がある意味で本研究の主軸となる活動であり,提案は福岡市とその周辺地域の自治体や公共ホール・劇場に対して行われる。この限定は話を具体的にするためであり,理論的な枠組みやコンテンツづくりの基本的な方法に関しては,普遍性のあるものを目指す。
この中では,上記目的3, 4のために行う工学的な測定,トライアルなどを含んだ,実験的な演目も想定している。このためには学内の設備を活用した実験的コンサートや,遠隔セッションなどの運営,実施が考えられる。
上記の「4.」および「5.」の達成のために行うコンテンツに関して,持続可能性を高めるために,以下のような項目も並行的に目的として取り上げて検証を行う。いずれも現在のアートマネージメントには不可欠な項目であると考えている。

  • インターネット,SNSを活用した新しく効果的な広報・宣伝手法の開発。
  • 作品や実験的試みに用いられる技術に関する平易な解説,アーティスト紹介などの周辺コンテンツの充実方法についての検討。
  • 個々のイベントのインターネット生中継の効果的手法の検討とその継続。
  • 各種コンテンツを効果的にアーカイブ化していく手法を検証し,これを効率的に管理する手法の検討。
 特に最後のアーカイブ手法に関しては,効果的な再生方法と組み合わせることで発展が期待できる研究内容である。例えばコンサートホール音場の再生など,純粋工学的にその再現精度が議論されることがほとんどであったが,演じられるコンテンツと合わせた効果的なアーカイブと再現方法を考察することは意義深く,音によって高臨場感を超える超臨場感の感覚を想起させる研究へと発展することが期待される。
なお,我が国においては音楽文化に関するアーカイブは,例えば美術などと比較すると,非常に貧弱である。美術館に相当するものが存在しないからと考えられる。本研究においてはアーカイブ化そのものについての研究ばかりではなく,音楽文化創成に関わる重要な要素として音楽文化アーカイブの地域における位置づけやその枠組みについても研究に取り入れる。


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