撮影:石井達郎

 

拈華微笑 (災害流木)》 

 

 

 

 「拈華微笑(ねんげみしょう)」とは、「お釈迦様が手びねりした花をもって微笑み、仏心を伝えた」という故事*からとったタイトルです。言葉を介さずに心と心で通じ合うという意味から、英語では「heart-to-heart communication」と訳されることもあります。

 私はこの言葉から、思い出す場面がありました。大学院をでて大学に務めるまでの半年間、中学の美術教師をしたことがあります。教壇の一輪の花がしおれていたので、水切り(花材の最下部を水中で切る)をしていました。ある生徒が何をしているのかと尋ねてきたので、「こうすると花が元気をとりもどすこともあるんだよ」とこたえました。

 翌朝ホームルームにいくと、その花がびっくりするほど真っ直ぐになっていたのです。ハッとして昨日の生徒の方を見ると、彼女も少し微笑んでいました。お互い何も言いませんでしたが、あたたかい眼差しが交差し、なんともいえない嬉しい気持ちが通じ合ったような、不思議な一瞬でした。拈華微笑するお釈迦様の瞳にも、きっとあたたかいものが宿っていたことでしょう。

 この彫刻は、2017年の九州北部豪雨災害の際の流木を使っています。線状降水帯が大規模な山林崩壊(約1065万トンの土砂流出)、および約21万トンの流木被害を引き起こしました。この2年間、樹齢132年の樟の流木から彫刻を作り続けています(→《朝倉龍》→《花開童子と福太郎童子》→《彼岸フグ》)。災害時の衝撃によって、この樟には「目割れ(目まわり)」という年輪にそった大きな割れが複数ありました。本来なら木彫家が敬遠する素材かもしれませんが、私はこの木には不思議な底力というか、何かに貢献したいという内から湧き出るようなもの感じるのです。なので、できるだけこの樟を使おうと考えています。一度厄をうけた木材は、厄除になると禅僧の枡野俊明先生が教えてくださいました(→講演会テープ起こし)。この作品は、流木のピックアップや製材を引き受けてくださった杉岡製材所に建設予定の、災害被災木板倉(いたくら)に寄贈する予定です。被災地の方々の心を、この彫刻があたためてほしいと祈りながら制作しました。

 制作している途中、地蔵菩薩の脇侍の「掌善童子」の図像に出会いました。この彫刻とそっくりで驚きました。花が引きだしてくれる善良な明るさを、人は昔から尊いと感じてきたのかもしれません。

 

*拈華微笑:釈迦が霊鷲山 (りょうじゅせん) で説法した際、花をひねり大衆に示したところ、だれにもその意味がわからなかったが、ただ摩訶迦葉 (まかかしょう) だけが真意を知って微笑した、という故事。禅宗で、以心伝心で法を体得することを示すときの語。

 

 

 

2020年9月23日 被災木の杉皮葺き・板倉「斎」(施主・杉岡世邦、設計・安藤邦廣、施工・池上一則)に設置されました。

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