彫刻作業日記   >Buck

彫刻は時間を必要とするものである。制作する間に出会ったことを自分で確認するために、内省をこめて記していきたい。

2006年10月/11月/12月   2007年1月/2月/3月

12月4日
先週は自分の経歴を話す機会が多く(ラジオ、講演)これまでのことを内省する時間が多かった。作品ひとつひとつも死線のようなものだが、大学卒業後(無職時代)の英彦山(ひこさん)での気づき、青年海外協力隊、出産育児も似たようなものだった。その度に、何かを捨てていったと感じている。なぜ今、こんな自分の話(恥さらしに近い)をする機会が増えたのか考えている。

黒田如水像(pdf)は、福岡市総合図書館IFのガラスケース内に設置されることになった。これは昨日の日野原重明氏の講演会(桜ライオンズクラブの慈善事業)の収益を、奨学寄付金としていただき制作を進めているものだ。私も講演会に参加したが、智恵とユーモアにあふれたお話だった。「Initiative for Change」「人への配慮が反射的・習慣的にできるということ」など。命に配慮しない医療の法の縛りに対していまだに闘っているという。95才でありながら(椅子を使わず)舞台を歩き講演される姿は真に迫るものがあった。

黒田如水像を依頼された時、正直最初は引き気味だった。やがて如水の頭巾の意味と引き際に魅力を感じるようになった。如水は敵を説得しにいったまま幽閉され(2年間)頭髪が抜け半身不随になった。輿に乗って活躍を続けた障害をもつ武士である。頭が切れすぎる如水に秀吉が恐れを抱いていることを察知し、あっさりと隠居。文化を重んじ質素に暮らしたという。

12月13日
17日から、愛知へ出張。医療とアート(創造活動)の関係についての取材だ。○河合正嗣氏(画家・筋ジストロフィーを患っている)のアトリエと彼が経営するギャラリーカフェ「ときどき館」を取材。○名古屋芸術造形大学(高橋伸行氏)と共に「やさしい美術プロジェクト」を行っている足助病院(早川富博院長)の取材。この病院は、河合氏とのコラボレーションも行っている。○吉村医院(産科医院)の取材。妊婦に薪割り、鋸引き、雑巾掛けなど古来の労働体験をさせる中で出産のための心身とコミュニケーションを作り上げている。

旅は出会いだ。今回出会った方々が投げかけてくださったことを咀嚼できるまで時間がかかりそうだ。日々にちゃんと根をおろしている彼らの「生」に圧倒された。河合氏は入院患者との間に真実の繋がりを見いだし、病院関係者110人のデッサンを院内にインスタレーションしようとしている。彼の過酷な体験は私にはわからない。しかし彼の磨かれた眼差しは本当のことを見抜いていると感じる。

吉村正院長は「私は死を引き受けて生きている。女は死をかけて命を産む。男は死をかけて女に奉仕しなくてはならない」と語った。「真実を言葉やデータで語れるか?そんなものを通じてしか現実に向きあえない医者や大学関係者はただの家畜だ」と一笑していた。そのとおりである。命のリアリティは「死」を引き受けない弱さによって消滅しかかっている。

やっと制作できるという日に、センター試験監督(リスニング)の説明会だ。入試だけでなく様々な制度がどんどん複雑になっていく。大学は教育を忘れ始めている。

12月25日
先週末に1月9日〆切の報告書(論文)を書かなくてはいけないことに気づいた。子供と共にいる年末年始にパソコンは開けない。しばらく樟の香りを嗅がずに、文章を練らなくてはならない。

昨日はクリスマスイブ。ロウソクを囲んで家族4人で手を繋ぎ「赤鼻のトナカイさん」を歌う(長女はトナカイのかぶりものつき)。こどもたちが途中から踊り始め、親も仕方なく踊る。端から見たらすごい光景だろうなあ、と思いつつ、こんなアホをさせてくれる子供に感謝である。

→2007年1月

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