彫刻作業日記   >Buck

彫刻は時間を必要とするものである。制作する間に出会ったことを自分で確認するために、内省をこめて記していきたい。

2006年10月/11月/12月   2007年1月/2月/3月.4月

3月5日
先週は二次試験監督と3/2のインスタレーション制作であっという間に過ぎていった。九州大学社会連携事業の一環として農と芸術の協働が行われた。食育と農産物のブランド化がテーマである。植物の声から作曲される藤枝守先生の「植物文様」が、作品の前で演奏された。その様子を前にして、私は音も香りも色も心も、すべては「響き」なのだと思った。食の前に人間が何を想像しなくてはいけないのか、そこを深く考えていきたい。その想像力が感謝と謙虚さの源であり、人間自身が自己肯定するための一歩なのだ。→完成作品 →制作過程

3日間、制作に手を貸して下さった方々がいた。評価のためではなく、ただ創るためにそれぞれの方が全力を尽くし、共に完成の喜びを分かち合った。「手塩をかける」という言葉がある。手をかけ協働しながら美しさへと向かう時、その時空間は異化される。関わる人すべてが必要な人となり、自らの魂の所在を確認できるのである。

3月14日
先週8.9日はロイヤル・カレッジ・オブ・アート(王立芸術大学院大学)と本大学の平井康之先生の国際共同プロジェクトとしてジュリア・カセム氏を招き,インクルーシブデザイン・ワークショップ開催された。障害のある方を紹介してほしいという依頼から関わったのであるが、サポートしながら私もWSに参加することになった。デザインに対する思いこみを払拭する、刺激的な二日間だった。視覚障害をもつ方々と私の子供たちで夕食をとったのだが、いつものごとく子供が野生児ぶりを発揮。あてにしていた主人も遅れ、一時はどうなることかと思った。翌日、長女が視覚障害者誘導ブロックを歩きながら「これ昨日のおねえさんの道!」と言っていた。一緒に行動することで、子供は全身で吸収しているのだなとハッとした。(→熊本からユーザーとして参加してくださった方のブログはこちら

久しぶりに彫刻に向かうことができた。実は義父と実父が倒れ、心身ともに滅入っていたが、彫るときだけは自由になれる。頬の部分を彫っていると笑いがでてくる。制作は精神的他所へ避難させてくれる力がある。実材に向かうこと自体が私にとっては救済なのだ。

3月20日

週末、実父の見舞いと英彦山の家の手入れをする。子どもたちはゴミ焼きの火を消すだけでも、バケツの奪い合いである。山の実働は子供にとってはイベントだ。生き生きしている。チューリップの球根を鹿に食べられているのは痛かった。「広い山いっぱいに新芽があるのに、こんな小さい畑のもん食べんでもなあ」という電話の父の声に爆笑する。実父の方は退院の目処が立ち、久々に気持ちが明るくなる。今年に入って急に難問が続出している感じだが、これは何か大きな変化の準備なのではないかと思っている。彫刻にもやっと本腰を入れられるようになった。

慌ただしさに疲れているとき、友人がSmall Valleyのパイを贈ってくれた。歳暮でも中元でもなく、相手をただ元気づけるための贈りものは、心の栄養となった。

3月22日
義父の病は重い。何もしてあげられない自分の無力さを感じる。病を思いながら鑿(のみ)を振るううち、彫るという行為は祈りに近いと思った。お見舞いに樟(くす)の香りを届けることにした。昔は樟脳(しょうのう)といって、虫除けに用いられていた香りだ。カンファーとも呼ばれ、人間を元気づける力がある。(カンフル剤の語源)樟脳は義父の地元における名産だったそうで、喜ばれた。

同じ香りを知人宅にも届けた。香りは「心」や「芸術」に似ていて、響いてそしてどこかに消え去っていく。しかし、一瞬でも相手に何か響いてくれたら、それが今の私にできる最善のことだ。私達を招いてくださったこのご家族はとても趣味のよい方々である。スッと私達に居場所を与えてくださった。不自然さが感じられないものが本物だよ、と実父からよく言われていたが、彼らこそそうだなと思った。主人がNPO活動の中で目指していたのは、まさにこのような空間と姿勢だったのではないか。主人も私も俗世間のしがらみに負けそうな昨今だが、もっとシンプルに大切なものを思い出したいと感じた。

4月3日
「等身大」という言葉が彫刻にある。マンサイズ程度の作品を指す。5月の国展出品者仲間に「今度の作品より小さいので」と詫びたら「等身大より大きいですよ!」と言われ、笑った。

 先週は第二子の風邪のオンパレード。ピンチの連続である。こうやって作る時間のない自分を受け入れて、この生活から生まれるものを作るしかない。未練が残るが仕上げにかかった。→作品写真/コンセプト コンセプトを書きながらハンセン病に関する記事を、また思い出していた。今から台座作りだ。

 3ヶ月の赤ちゃんを連れて、友人が研究室を訪問してくれる。妊娠中に制作途中を観てくれていたので気になっていたと言う。モデルさん登場でこちらもとても助かった。赤ちゃんは樟の香りをかいで、何かお話してくれていた。

→作品ページ
4月9日
やっと台座が仕上がった。この木は九州大学箱崎キャンパスにあったヒマラヤスギである。大学移転に伴い伐採することになり、職員の方が「何かに使われませんか?」と声をかけてくださった。柔らかく、よい香りがする。材木店(銘建産業)で製材済みだったので楽だった。しかし彫刻をのせてみると、下の部分が高くて収まりが悪い。それでチェーンソーで半分に切り、カンナをかける。工房の精度のよいカンナでも、素材の性質でエッジがかけやすい。ホゾの部分も合わなくなってしまった。子供の風邪をもらって高熱の中、新入生のガイダンスと制作(今年は担任)。周囲のサポートが無ければどうにもならなかった。

友人がタケノコご飯を作って差し入れてくれた。学内の桜の下でいただく。桜は「時間」を思い出させる力がある。あと自分は何回桜を観ることができるのだろうか、そう考える人は少なくない。

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