彫刻作業日記   >Buck

彫刻は時間を必要とするものである。制作する間に出会ったことを自分で確認するために、内省をこめて記していきたい。

7月11日
 クレーンで上下を元に戻す。重いものを扱うことは命がけの仕事である。大学時代の友人が、コルベールという写真家を紹介してくれた。動物と人間の関わり・精神的な静の世界を表現している作家だ。ひざまづく象の映像があり、涙がでるほど嬉しかった。持つべきものは友人である。

 明日行われる安積遊歩さんの講演会の記事が新聞に載った。その記事をみた方から参加申し込みのお電話をいただく。地図をファックスで送りますと言うと、今入院中のでいいです、という。退院の足で参加するのだそうだ。講演会に来られる方々との出会いが楽しみである。

7月20日
 7月12日(木)に講演会が行われ、そのテープ起こしとDVD作りをした。→エスタスカーサと九州大学での講演録。大事なデータが失われる危機もあり、慣れない動画編集に時間がかかった。

 安積遊歩さんはエスタスカーサで、まず隔離されてきた自らの歴史と、30年に渡る障害者運動との関わりを話された。その後彼女は自分自身の心をみつめ、自己否定感を乗り越える必要性を痛感したそうだ。安積さんは不安、悲しみ、苦しみを「あってはいけないこと」のように感じさせる社会の不自然さを指摘。それらを抑圧せず、お互いに聴き合い、味方になりあうことが、排除や隔離をなくす第一歩なのだと語った。子育てや高齢者、障害を持つ人々のケアを家族のみに負担させる風潮や、戦争・競争中心の世の中を改め、「命によりそう仕事」を社会の中心にしなくてはならないと強く言及する。「泣きたい時に泣いていい」という彼女の投げかけに、参加者一人一人が本心を表現し分かち合う「場」が生まれていた。

 九州大学では、教卓の上に座られ講義してくださった。この大学のバリアフルな環境を申し訳なく思う。 フィリピンの障害児支援や優生保護法、養子縁組、戸籍制度など、お話は多岐にわたった。「障害を持つ」という切り口が、社会の改善点を鮮やかに描き出していると感じた。頭をつかって、羅針盤をたてて「何が本当の情報か。真に必要な情報なのか。」を考えていってほしい、と彼女は学生に投げかけていた。本当のことをどんどん見えなくされ、考えなくさせられている教育の現状に、安積さんが投じたものは大きい。

7月23日
 久しぶりに制作できて、しみじみ嬉しい。業者の方が「すごいカバですね〜」と声をかける。「一応、ひざまづく象なんですけど...。」前の馬の作品制作時も「熊ですね!」とニコニコされた。200日近い作品づくりの中で、完成状態は最後の数日である。しかたない。笑顔で流す日々は続く。

 後輩が私の制作日記を読んでくれたそうで「コルベール」の写真集を送付してくれた。本当にありがたいことである。手の込んだ装丁で、一枚一枚緊張してめくる。どれも胸の芯に届く静かな写真だ。

 「世界を見る目が変わる50の事実」(草思社)という本がある。→目次 2005年の本が、イラスト入りで今年出版された。数字を切り口にして、見えにくい事実を自らの想像力にひきよせようとしている。どれも数ページで説明しきれない深い問題である。著者がイギリス人ということ、私たちが数字の説得に弱いという事実、書ききれない複雑さの存在をふまえて読む。

 貧困の問題は根深い。解決するにはまず「先進国側が、生活レベルを下げること」が前提だ。(先進国の物質的要求が世界的貧困につながっている)「農的生活」「命に寄りそう仕事」への転換、それを支援する社会の仕組みが必要である。ただ途上国に寄付することは、自立支援の大きな妨げになることもある。これは私が青年海外協力隊時代に痛感したことだ。今感じなければならないのは、私たちの趣向・行いが他国や次世代に大きな影響をおよぼしているという、その具体性である。

 

7月27日
 昨日、西南大学で「ガイサンシー(蓋山西)とその姉妹たち」という映画が上映された。旧日本軍から性暴力を受けた中国人女性たちと元日本兵の語りで構成されている。監督の班忠義は9年の歳月をかけて聞き取りを行った。本人の口から絞り出される言葉の具体性、淡々とした語りの映像に息を呑む。女性として震撼する内容だった。彼女たちの計り知れない苦痛は今も続いていた。→予告編「ガイサンシー(蓋山西)とその姉妹たち」  私は加害者側の国にいながら、想像を超えるその悲惨さに対して真に向き合っていなかった。知識でしかなかったものを映像が突き破った。人間が人間でなくなっていく戦争の狂気。(世界の1/3は今もまだ戦時下にいるという)まず知ること、切り離さずに受け入れて深く感じること。それを熟成させること。言えなかった思いの沈殿に、存在を与えること。人間としての感性と責任がそこから始まると思う。*(株)シグロが保証額5万円で上映のための媒体を貸出してくれる tel 03-5343-3101

 別件だが、柏崎に以前お世話になった方がいる。震災の後、卓上コンロで煮炊きされていると聞いた。手助けができれば、とため息をつく。

 彫刻に込める思いが、日増しに増えていく。

 

→8月作業日記

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